ブラジル マンダカルー物語=黒木千阿子=(9)

 そこで、自分をとり繕いながら
 「セリア、あんたにはこんな話は早すぎますよ。ドラマの男と女はもう結構な年だから良いけどね。それにセリア、男と寝たら、どういうわけかアカチャンができることを覚えておきなさい。アカチャンが出来たら最後、もう遊べませんよ。思う存分に勉強して、思う存分に遊んでから男と寝なさい。いいわね。」と、お説教したのです。
 するとセリアは、
 「それじゃあ、私は一生かかっても男と寝られないだろう」
 と言って、肩を落とし、老婆のようなため息をつきました。
 そして、皿をかたづけると、今度は洗濯物がいっぱい入ったたらいを頭に乗せて、川の方に下りて行きました。
 私は、マリーのお父さんの案内で、カカオを見に行きました。
 山の麓一面、数えきれないほどのカカオが茂り、その枝が広がって屋根を作っていますから、昼でも薄暗くひんやりとしています。
 カカオの木には、びっしりと実がついていました。黄白色の花かげにすずらんの花のような実がいくつも並んで顔を出しています。
 マリーのお父さんは美味しそうに熟れているのを一つもいで、食べ方を教えてくれました。
 カカオの実を割ると、中から白くてドロッとした液がでてくるからそれを吸うのだと言うのです。
 言われるままにそうすると、不思議な甘さが、南国の果実特有の香りとともに口の中に広がります。
 一人では吸いきれないほどの液の量です。その中から種が現れます。
 その種の皮を爪で上手にむきますと赤紫色の豆がでてきます。この小さな豆を水に漬けて発酵させ、それを乾燥させるとチョコレートの原料が出来るというわけで、ずいぶん気の長い話です。
 五、六月から山の人たち総出の収穫が始まり市場に送り出すのですが、その時の価格は馬鹿みたいに安いのです。おそらく、買いたたかれるからでしょう。
 山の人たちはチョコレートは食べたこともないらしいのです。でも考えてみると、それも仕方がないことでしょうか。今日のパンに困る人たちに高価なお菓子は買えるはずもありませんから。

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