ブラジル マンダカルー物語=黒木千阿子=(2)

 すると、こんな時、マリーは夫のアントーニオにまるで一つ覚えのように決まった悪たれを浴びせるのです。
「子供を作る事しか知らない本当に馬鹿な男!」
 夫婦の事情というものは、私には計りかねますが、そう言われたアントーニオは、馬耳東風とばかりにききながして、犬の宿を作りに外に行きました。
 マリーの妹で、カイオの子守り役でもあるセリアと私は土間に段ボールを敷いて、寝場所を作りました。
 とにかく、全員がバイーアに着いた、それだけで十分満足したのです。
 さあ、まずトイレに行ってから寝ましょうというわけで、トイレを探しましたが、どこにも見当たりません。
 そこで、アントーニオに訊きました。
「トイレはどこ?」ところが、「トイレはまだ出来ていないのです。セニョーラ」という返事。*セニョーラは、女性への敬称。
「えっ、トイレがない?」
 驚くやら情けないやらで、血の気が引いた私を見て、アントーニオは彼独特の嫌らしい笑いを顔に浮かべて、ニヤッとしたのです。
 すると、頭に来ている私の気持ちを見抜いたマリーとセリアが、なだめるように寄ってきて、私の手を取ると外に連れ出したのです。
 そして、二人は草の茂みにしゃがみこんでキャーキャー言いながら、おしっこをしたのです。私におしっこの模範を示したつもりなんでしょう。
 さっそく、私も真似をしたのですが、どうしても駄目でした。
 本当は、はち切れそうなおなかだったのに・・・・・。
 その時です。窮すればなんとやら。素晴らしいアイデアが浮かびました。
 そうだ、猫のトントンちゃんのトイレを拝借しよう。こんな事になるんだったら、もっと沢山の砂を買い込んでくれば良かったと思いながら、無事に用を足した幸せな気分で、セリアと寝床にもぐり込みました。
 そして、本格的に眠ろうとした、そのまさに一瞬、砂のようなものがバラバラと顔の上に降ってきたのです。同時にトントンちゃんが、大声をはりあげて鳴き始めました。
「どうしたの?トントンちゃん」(つづく)

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