【新年創刊特別号】特別寄稿=ラテンアメリカとノーベル賞受賞者=全16人、なぜかブラジルはゼロ=桜井悌司(ラテンアメリカ協会常務理事)

 「ラテンアメリカとノーベル賞受賞者」というタイトルに首を傾げる読者もおられるかもしれない。なぜなら、ラテンアメリカには文学賞以外の受賞者はいないと考える方が多いからである。
 しかし、調べてみると、ラテンアメリカには16人も受賞者がいる。比較的知られているのは文学賞受賞者で6人だが、平和賞受賞者も何と6人もいる。その他は、化学賞2人と医学・生理学賞の2人である。文学賞と平和賞を除き、自然科学分野で4人も受賞者がいると知って大いに驚かれる読者もおられることであろう。
 国別でみると、アルゼンチンが5人、メキシコが3人、コロンビア、チリ、グアテマラが各2人、その他ペルーとコスタリカが各1人である。大国ブラジル人の受賞者はゼロである。
 加えてカリブ海のセイント・ルシァに1992年文学賞を受賞したDerek Alton Walcott(デレック・ウオルコット)がいる。したがってラテンアメリカとカリブを合わせると計17人ということになる。
 ちなみに旧宗主国のスペインは、文学賞5人、医学賞1人の計6人。ポルトガルは文学賞と医学賞各1人ずつの計2人である。

「ラテンアメリカの国別ノーベル賞受賞者」

 以下、各賞毎にどのような人物が受賞しているかを見てみよう。

「ノーベル文学賞受賞者」

(1)Gabriela Mistral(ガブリエラ・ミストラル)1945年受賞
 1889年~1957年。チリの詩人、政治家、外交官。唯一の女性文学賞受賞者。主要な作品は、「死のソネット」(Sonetos da la Muerte)、 「絶望」(Desolación)、「優しさ」(Ternura)等。受賞理由は、「その力強い動機に触発された抒情詩によって彼女の名が全ラテンアメリカの理想主義的な願望の象徴と化したこと」とある。「ラテンアメリカの母」という敬称を受けた。荒井正道氏や田村さと子氏の著作もある。
(2)Miguel Angel Asturias(ミゲール・アンヘル・アストゥリアス) 1967年受賞
 1899年~1974年。グアテマラの小説家、外交官。主要な作品は、独裁者を描いた「大統領閣下」(El Señor Presidente)、「グアテマラ伝説集」(Leyendas de Guatemala)等(翻訳あり)受賞理由は、「ラテンアメリカの先住民の伝統と国民性に深く根ざした鮮やかな文学的業績」。魔術的リアリズムの担い手としてラテンアメリカ文学のブームの先駆者の役割を果たした。

パブロ・ネルーダ(RevistaアルゼンチンSIETE DIAS ilustrados, Public domain, via Wikimedia Commons)

(3)Pablo Neruda(パブロ・ネルーダ) 1971年受賞
 1904年~1973年。チリの詩人、外交官、政治家。主要な作品は、「20の愛の詩と1つの絶望の歌」(Veinte poemas de amor y una canción esesperada)、「マチュピチュの高み」(Alturas de Machu Pichu)、「100の愛のソネット」(Cien sonetos de amor)、「詩集」(Canto General)等。受賞の理由は「一国の大陸の運命と多くの人々の夢と生気を与える源となった力強い詩的作品」。ガルシア・マルケスは「どの言語の中でも20世紀最大の詩人」と称賛している。イタリア映画「Il Postino」でも有名。

ガブリエル・ガルシア・マルケス(Jose Lara, via Wikimedia Commons)

(4)Gabriel Garcia Marquez(ガブリエル・ガルシア・マルケス) 1982年受賞
 1925年~2014年。コロンビアのジャーナリスト、小説家。主要な作品は「百年の孤独」(Cien años de Soledad)、「迷宮の将軍」(El general en su laberinto)、「族長の秋」(El otoño del patriarca)、「コレラの時代の愛」(El amor en los tiempos del cólera)等。
 彼のほとんどの作品が翻訳されている。受賞の理由は、「現実的なものと幻想的なものとを融合させて、一つの大陸の生と葛藤の実相を反映する豊かな想像力の世界を構築した」こと。「魔術的リアリズム」という手法で、ラテンアメリカ文学の世界的ブームを起こした。
(5)Octavio Paz(オクタビオ・パス) 1990年受賞
 1914年~1998年。メキシコの作家、詩人、批評家、外交官。主要な作品は、メキシコ文化やメキシコ人の行動様式を紹介した「孤独の迷宮」(El Laberinto de la Soledad)、「弓と竪琴」(El Arco y la Lira)、「インドの薄明」(Vislumbres de la India)等翻訳も多数あり。受賞理由は「広い視野を持ち、先鋭的な知性と人文主義的高潔さを特徴とした情熱的な作品に対して」となっている。インド大使、ケンブリッジ大学、ハーバード大学等で教鞭を取った。
(6)Mario Vargas Llosa(マリオ・バルガス・ジョサ) 2010年受賞
 1936年~。ペルーの作家、批評家、ジャーナリスト。主要な作品は、「都会と犬ども」(La Ciudad y los Perros)、「緑の家」(Casa Verde)、「誰がパロミノ・モレロを殺したか(Quien mató a Palomiro Molero?)等、翻訳多数。
 受賞理由は、「権力構造の地図と、個人の抵抗と反抗、そしてその敗北を鮮烈なイメージで描いた」。国際ペンクラブの会長を若くして務めた他、アルベルト・フジモリ氏とペルーの大統領選挙を争ったことで有名。1993年、スペイン国籍を取得。

「ノーベル化学賞」

(1) Luis Federico Leloir(ルイス・フェデリコ・ルロワール)1970年受賞
 1906年~1987年。アルゼンチンの生化学者、医師、パリ生まれ、フランス系アルゼンチン人。ヒスパニック系で初めての化学賞受賞者。炭水化物の新陳代謝を司るヌクレオチド、肝臓と高血圧症に関する研究で高い評価を受ける。
 先天的な病気であるガラクトース血症の病理分析についても高い業績をあげた。受賞理由は、「糖ヌクレオチドの発見と糖生合成におけるその役割についての研究」による。
(2)Mario Molina (マリオ・モリーナ) 1995年受賞
 1945年~2020年。メキシコの科学者、マサチューセッツ工科大学教授。若い時にフロンガスのオゾン層に対する危険性についての論文を書く。フロンガスによるオゾン層破壊の危険性を指摘し、他の2人の科学者とともに受賞。受賞理由は、「オゾン層の分解に関する研究」による。

「ノーベル生理学・医学賞」

(1)Bernardo Alberto Houssay(バーナード・アルバート・ウオッセイ、ベルナルド・ウサイとも呼ばれる)1904年受賞
 1887年~1971年、アルゼンチン生理学者。脳下垂体ホルモンが動物の血糖であるグルコースを調整する役割を見出し、受賞理由である糖の物質代謝において、脳下垂体前葉ホルモンの演ずる役割を発見した。ラテンアメリカの科学発展に多大なる貢献を行った。
(2)César Milstein(セサル・ミルスタイン)1984年受賞  
 1927年~2002年、アルゼンチンの生化学者。人生の大半を英国で過ごし、後に帰化した。ミルスタインの研究の大半は、抗体の構造と抗体の多様性が生まれる機構の解明に費やされた。他の研究者とともに、モノクローナル抗体の作成に必要なハイブリドーマの技術を確立した。受賞理由は、「免疫制御機構に関する理論の確立とモノクローナル技術の作成法の開発」である。

「ノーベル平和賞」

カルロス・サーベドラ・ラマス(不明な作者Unknown author, Public domain, via Wikimedia Commons)

(1)Carlos Saavedra Lamas(カルロス・サーベドラ・ラマス)1936年受賞 
 1878年~1959年。アルゼンチンの学者、外交官。1932年から38年まで外務大臣を務め、パラグアイとボリビアの間でおこった「チャコ戦争」の調停など多くの業績を打ち立てた。
 南米諸国の間で戦争が起こった場合、第三国が特別委員会を組織し、停戦に当たり、停戦まで両国に外交的、経済的な圧力をかけるとした「ラテンアメリカ不戦条約」を提案した。1936年、国際連盟の事務局長に選出される。受賞理由は、「パラグアイとボリビア間の対立の調停」による。ラテンアメリカ人初の受賞。
(2)Adolfo Pérez Esquivel(アドルフォ・ペレス・エスキベル)1980年受賞
 1931年~。アルゼンチンの人権活動家。1976年のビデラ将軍の軍事クーデターの弾圧に抵抗し、「奉仕、平和と正義のサービス」を組織し、軍事政権の行った残虐行為を国際世論に向けて糾弾した。また197
5年には、ブラジルの軍事政権に拘留され、拷問を受けた。受賞理由は、「ラテンアメリカの人権向上への尽力」に対してである。
(3)Alfonso Carlos Robles(アルフォンソ・カルロス・ローブレス)1982年受賞
 1911年~1991年、メキシコの外交官、政治家。ラテンアメリカとカリブを非核地域と定めた「トラテロルコ条約」の成立に尽力したことに対して、平和賞が贈られた。この条約には地域のほとんどの国が署名し、1967年に発効した。国連大使、外務大臣を歴任、その後、ジュネーブ軍縮会議メキシコ高級大使を務めた。
(4)Oscar Rafael de Jesus Arias Sanchez(オスカル・アリアス・サンチェス)
 1987年受賞、コスタリカの政治家、元大統領。1986年から1990年、コスタリカの第43代大統領、2006年から2010年まで第48代大統領。受賞理由は、「中央アメリカにおける和平調停への尽力とニカラグアとエルサルバドルとの紛争を仲裁した功績による」もの。
(5)Rigoberta Menchu Tum(リゴベルタ・メンチュウ)1992年受賞
 1959年~。グアテマラ系マヤ族の人権活動家。1966年から96年まで続いたグアテマラ内戦時代の軍事政権による人権侵害に反対する農民統一委員会(CNC)の活動家として活躍。1982年、「私の名前はリゴベルタ・メンチュウ」という本を出版した。(日本語訳もある)受賞理由は、「グアテマラ先住民の人達と権利の向上のための努力に対して」である。
(6)Juan Manuel Santos Calderón (フアン・マヌエル・サントス・カルデロン)2016年受賞
 1951年~。コロンビアの政治家。国防大臣、財務大臣を経て第57代大統領に就任(2010年~2018年)コロンビアは、1960年代以降、農村運動に端を発するコロンビア政府と左翼ゲリラ「コロンビア革命軍(FARC)」とのコロンビア内戦が続いていた。サントス大統領はFARCと和平交渉を行い、2015年12月に合意に達した。
 合意についての賛否を問う国民投票が2016年10月に行われ、僅差で否決されたが、2016年11月にFARCと和平合意に調印し、国会から承認を受けた。FARCの武装解除により、半世紀に及んだ内戦が事実上終結した。受賞理由は、「50年以上にわたる国内の内戦に向けた決然たる努力に対して」である。
(※桜井さんがラテンアメリカ協会のホームページの「投稿欄」に2021年4月から12月まで、12回にわたって連載したものから、本人の許可を得て第1回目を掲載)

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