函館は、小雨が降っていた。「全国温泉案内」を調べてあらかじめ見当をつけていた湯の川温泉中、最大限安い宿へ直行した。2食付きで8千円だった。
小雨降る函館に、私の好きな目的地なしの散策をする余地はなかった。
翌朝、函館に見切りをつけ、鉄道で仙台経由で松島へ向かった。宮島と並んで、日本三景の一つである松島を見たかったのである。
その松島を遊覧船で見物したが、特別に興味をひかれなかった。
松島は、宿泊料が高くつくと予想したので、野蒜(のびる)まで行って、民宿に泊まった。夕食時、2人の同宿者と知り合った。
一人は、橋梁工事で出張中の土木技師の地方会社員、もう一人は、一年に一度の県外出張の地方公務員。
2人とも、40年代の中年で飾り気がなく率直に感情表現する気持ちの良い人たちだった。
地方公務員は、「今頃入庁する若い連中は、ずるくて嫌な奴らばかりだ。ただ、良い恰好ばかりしようとする。我々もずるい。しかし、最初からずるかったわけでなく純真だったのが、職場で揉まれてずるくなってしまったのだ」という。
それから「今の若い連中は、もう入った時からずるいのだから、話にならない!」と、悲憤慷慨した。
一方、会社の事務所に座っているのが嫌いで、工事現場にいるのが好きだという土木技師は、反東京感情のかたまりだった。
「東京は、全国の田舎からの流れ者の溜まり場で、もともとの素性が田舎者だからやたらと気取るんだ。奴らのもったいぶった面を見ると、虫唾が走る!」と言った調子で、田舎者の溜まり場である東京の女に恋して、振られた過去があるのではないか?と疑りたくなるほどだった。
2人はビールを飲みながら和気あいあいと世間話に興じた。
だが、ふとしたきっかけに土木技師が「自分達は、アンタ方とは違って、橋を架けるとかダムを作るとか人の役に立ち、人に喜ばれる仕事をするのでやり甲斐がある」と言ったから、とたんに地方公務員が怒ってしまった。
「アンタ方と違ってとはなんだ!ただ、給料をもらうためなら役人などにならない。公正と平等という行政の理念の実現に少しでも役に立ちたいから役人になったんだ!」と、力をこめて反論した。
2人は、公権力(地方自治体)と民間(会社)という相反する立場ににおかれているが、【組織を生かすも殺すも人材しだい】という意見において一致していた。
私は、2人の熱気をおびた議論をききながら、敗戦国日本復興の原因の一つをふと理解したような気持ちになった。
宮城県野蒜から、東京上野へ戻った。
翌朝、成田発香港行便に乗るので、上野駅近辺に宿を探したが、たまたま連休日にあたり、安宿はどこも満員だった。
たった一晩泊まるのに一万円払うのが勿体なく、交番で教えてもらった山手線ガード下近くの一泊3千円のカプセルホテルに泊まった。
カプセルホテルは、初体験だが、体験を二度と繰り返したくないと思った。
施設内は何もかもが狭苦しく、閉塞感をさそう上、夜中に小用で起きたら、薄暗い場所で一人ビデオゲームに熱中する若者や、ソファーに座ってじっと正面を見据える能面のような表情をした若者など、得たいの知れない人間がたむろしていた。
その光景は、実に病的で不気味であった。欧米の安宿では見た事がない。(つづく)