【佳子様・日伯130周年・移民117周年】今こそ知りたいお互いの文化=遠くて近い日本とブラジルの距離縮める=知るべき作品やアーティストは?

 日本とブラジル。地球の真反対で距離は遠いながらも、どこかお互いに親近感を感じあってきた間柄だったように思える。だが、文化的にさらなる距離を縮めるために、いま一度さらに踏み込んだ理解が必要な気もしており、それには乗り越えなければならないものが存在しているように思う。そのことについて語っていきたい。(沢田太陽)

お互いに「入り口」は知ってはいるが

 日本もブラジルも、お互いの文化にそれなりに高い関心を抱いているように見える。日本の、それなりに音楽を熱心に聴く層は、ブラジル音楽を「芳醇」との賞賛の言葉を持って愛好する傾向がある。さらにブラジル人の一部も、日本のアニメは「幼い頃の大事な思い出の一つ」で特別なものとして強く愛でる傾向がある。そういうこともあり、互いの印象は良いように思われる。
 だが、それがゆえに「わかっているつもり」で止まってしまっているのではないか、と思える時が少なくない。日本人もブラジル人もお互いに、「実際のところ今何が流行っている、或いは話題になっているか」についてはよく知らないのが実際のところだ。
 例えば、ブラジルのヒットチャートで、日本のブラジル音楽ファンが好むようなボサノバやカエターノ・ヴェローゾやミルトン・ナシメントのようなMPBサウンドなど、今やその痕跡を見つけることさえ難しい。ブラジル人の方も、アニメに関してはキャッチアップしていると思うが、その他のドラマや映画などに関しての情報をつかんでいるとは言い難いし、音楽にしても「アニメで耳にしたアーティスト」に終始しやすい傾向がある。
 現状の情報収集のままだと、これ以上先に進むには限界がある。

情報ツールが発展しても伝わりにくい理由

 数年前までなら、「それが今のブラジルや日本の実情ではないとしても、他にうまく知る方法がないから仕方がない」と諦めにも似た気持ちがあった。しかし、この状況が近年、劇的に変わった。
 それがユーチューブ、さらにはサブスクリプション・サービス、つまりスポティファイやネットフリックスの存在だ。これらネットが生んだ新しいプラットフォームは文化の国境を壊し、誰がどこの世界の何に興味を持っても構わない状況を作り出した。ブラジル人の若者は、ユーチューブやスポティファイの存在を通じて、これまで聞いたことのなかったような日本のアーティストの作品を発見した。そんな話をよく耳にする。
 ユーチューブ、スポティファイ、ネットフリックス。これらが異国の文化を知るための最適ツールであることは、今も、これからも変わらないだろう。「カルチャー通信のための3種の神器」。そう呼んでも決して過言ではないと思う。
 だが、この「3種の神器」をもってしても、「伝わりにくさ」は残っている。確かにボタンさえ押せば検索しやすくなった。だが、検索はできても「何が流行っているのか」を知ることは容易ではない。
 例えば現在、スペイン語圏を中心にレゲトンなどのラテン・ダンス・ミュージックが世界的に流行っている。だが、そこにブラジルのものはほとんどない。それはブラジルの言語がポルトガル語であるため、微妙な言葉の壁があるからだ。
 当地で人気のブラジル版カントリー・ミュージックのセルタネージャも若者に人気のダンス・ミュージックのファンキも、あまりにも国内向けの閉じた市場の音楽だ。どちらの音楽もアルバム制作に熱心でないため、いざ人気アーティストをまとめて聴きたくてもできず、入門を難しくしている。
 その一方、アジアでも韓国のKポップは今や世界で最も売れる音楽の一つとして国際的に愛されている。だが、「Jポップ」が国際的に売れることは未だに稀だ。それはJポップがいまひとつどういう特徴を持った音楽なのか、世界に理解されていないからだ。
 「集団で歌って踊るアイドル」みたいなわかり易い形式で見せるKポップに対し、Jポップはそれがアイドルなのか、バンドなのかさえもよく知られていない。
 それはまたドラマでも同様だ。ブラジルの場合、テレビドラマは人気だが、連日の帯の時間帯、日本でいうNHK朝ドラのようなテレ・ノヴェーラ・スタイルが主流のため、話数が200エピソードを超える膨大なものとなる。これでは配信コンテンツとして極めて売りにくく、それで国外にうまく配信できたという話を聞かない。
 日本の場合、ドラマのエピソード数は大体13話くらいで配信にはちょうどいい。だが、ここでも韓国のK ドラマに対して完全に遅れをとっている状態だ。ここに関してはコンテンツ力の問題というよりは、単純に、日本の放送業界ではコンテンツの国外配信に関する意識が弱く、進出が遅れたことが大きな原因となっている。

アイム・スティル・ヒア(公式)

両国の今を知る作品やアーティストは?

 では、今の日本や伯国のカルチャーを知るのに最適な作品を、私なりの視点に基づいて紹介していきたい。
 まず映画だが、やはりここは米国アカデミー賞にもノミネートされたものをしっかりと順当に評価していただきたい。日本なら「ドライブ・マイ・カー」を監督した濱口竜介監督の作品。日本から久々の大物監督登場を予感させる逸材であることは、「ドライブ〜」前後の作品の国際的評価の高さでも明らか。前衛と伝統のバランスの取り方は40代以下の世界の映画監督の中でも出色だ。
 ブラジルならやはり「アイム・スティル・ヒア」。ブラジルにとって悲願の初オスカーとなった、今年の国際長編映画賞受賞作だ。今作には、ブラジル人たちの中に深く根をおろす軍事政権時代や、それ以降に育まれた民主主義への強い思いを見ることができる。
 同様の傾向は先日のカンヌ映画祭で監督賞を受賞したクレベール・メンドンサ・フィーリョ監督の作品にも見られる。受賞作の「シークレット・エージェント」も軍政時代のミステリーだが、それ以前の「バクラウ」「アクエリアス」などの作品にも権力に対する強い反骨心が根付いている。

阿修羅のごとく(ネットフリックス)

 日本の場合はネットフリックスのドラマ「阿修羅のごとく」や「極悪女王」などをお勧めしたい。いずれも日本のある時期を切り取った、国際的には気付かれにくい側面を描いた作品で、是枝裕和、白石和彌といった評判の映画監督が手がけた点でも評価できる。

藤井風

 音楽では、日本からブラジルに紹介したいのは藤井風。彼に関してはTikTokでの流行を介して国際的ヒット曲「死ぬのがいいわ」が出て以来、国際的な注目度が高まっている。洗練された楽曲制作能力とセクシーな容姿のスター性が光る。 
 あと、日本は現在、世界でも有数な女性ロックバンド大国。そういう女性バンドの中から羊文学をお勧めしたい。彼女たちも国際進出に向けて準備している段階だが、透明感あふれる美しいギター・サウンドは世界的に見ても貴重だ。
 ブラジルから紹介したいのはLGBTの2人のアーティスト。まずはパブロ・ヴィッタル。見た目から強烈なドラッグクイーン歌手だが、ファルセット(裏声)の伸びの強さでも高い評価を受けており、国際的なフェスティバルからもしばしば声がかかっている。

ルーラ大統領とリニケル(Foto: Ricardo Stuckert/PR)

 もう一人はリニケル。黒人のトランスジェンダー女性歌手の彼女は、10年ほど前からロラパルーザ・ブラジルなどの国際的フェスティバルにブラジル代表として出演するなど評価が高かった。昨年のアルバム「CAJU」は国際的にもレベルの高い新進のR&Bサウンドが絶賛され、「ブラジルからの久々の名盤」の名をほしいままにし、音楽賞を独占。人気と批評を両立させた存在としてブラジル音楽界を変えつつある歌手だ。

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