特別寄稿=琉球弧とアマゾンの森=二つの『世界自然遺産』から考える=サンパウロ市ヴィラカロン在住 毛利律子

琉球弧の位置(Uchinanchu, Copyrighted free use, via Wikimedia Commons)

ほとんど知られていない琉球弧の『世界自然遺産』登録

 奄美・沖縄といえば「煌めくコバルトブルーのサンゴ礁の海」、なにしろ「海」が有名。ところが、弓状に点在する琉球弧には199余の島々があり、豊かな森があり、亜熱帯海洋性気候の美しい海は、この深い森との連鎖なくしてはあり得ないという。
 「琉球弧」とはユーラシア大陸東端の太平洋沿岸に、世界最強の「黒潮」(日本海流・暖流)の流れに沿って、日本列島九州の南端から台湾に至る、約1260キロの洋上にあり、先史時代から「海上の道」と呼ばれ、多くの人々が琉球弧を往来してきた。
 この琉球弧が、2021年(令和3年)7月26日、ユネスコ=国連教育科学文化機関の世界遺産委員会にて、「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」4島の琉球列島が世界自然遺産として世界遺産一覧表への記載が決定した。
 一帯の独特で豊かな生物多様性を持つ自然が「人類共通の宝物」と認められたということになる。琉球列島は、面積が日本全体の0・5%未満にもかかわらず、そこに生息する生物種は、日本の全動植物種数において極めて大きな割合を占め、世界的にも重要な絶滅危惧種や固有種の生息地となっている。
 屋久島(1993年登録・鹿児島県)、白神山地(1993年登録・秋田県)、知床(2005年登録。北海道)、小笠原諸島(2011年登録・東京都)、そして「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」が新たに加わることになったのである。

西表島のマングローブ林(2007年8月、Uryah, via Wikimedia Commons)

八重山のマングローブ「アッチャーギー(歩く木)」

 青いサンゴ礁の海、海岸線に迫る濃い緑のマングローブ林が群生する白い砂浜も一つの沖縄の風景である。
 マングローブはヒルギ類に属し、「オヒルギ、メヒルギ、マヤブシキ、ヤエヤマヒルギ」から成る。沖縄本島北部やんばる国立公園、慶佐次(けさし)川が「ヤエヤマヒルギ」の北限地とされている。
 八重山の地元の人はこの木を「アッチャーギー(歩く木)」と呼ぶそうだ。ヒルギ類は塩分を輩出する生理機能を備えているので、淡水と海水がまじりあう汽水域に集まって生えている。陸地から流れ込む水を受け止め、フィルターのような働きをして海藻やサンゴを保護するほか、魚の繁殖地にもなり、さらに大気中の二酸化酸素(CO2)も大量に吸収している。
 さて、このヤエヤマ・マングローブの原産地呼称の由来であるが、若木は密集した仲間たちに背を向けて数メートル先までスタスタ歩いて根を下ろす。次々と若木が同じように歩いて島の海岸線に広がっていくとしたら、なんとロマンに満ちたことだろう。
 島の人はその驚くべき光景を見たのか。いや、きっと少しずつ木が広がっていく様子に、木の歩く姿を想像して名付けたのであろうか。いかにも土着のマングローブへの愛着を感じさせる呼び名ではないか。

オーストラリア、ブラジルのマングローブ林の枯死

 オーストラリアで2015年から2016年、海岸沿いの千キロにわたって7400ヘクタールに及ぶマングローブ林が枯れて死んだ。気候が関連したマングローブ林の枯死(こし)としては記録に残っているなかで最大規模だという。
 その原因は、雨不足が特に深刻だったこと。二つ目は、一帯の気温が記録的な水準に達したこと。そして三つめの要因は、特に強いエルニーニョ(El Nino)現象が発生した際に海面が約20センチ低下し、一部のマングローブ林から水が引いたことによる。
 ブラジル東部のエスピリト・サント州を流れるピラケミリム川河口域でもマングローブが枯死している。オーストラリアのマングローブ大量死から半年後、同じエルニーニョ現象の影響で発生した嵐のせいといわれる。以前から干ばつの影響で水の塩分濃度が高まるなどして弱っていたところに、雹と強風に見舞われ、3分の1近い木が枯れてしまったという。
 また、2021年、ロシアの雪に覆われたサハ共和国の北方林は大火災に見舞われ、焼けた森は草原に変わるかもしれないと予想されている。(『ナショナル・ジオグラフィック日本版2022年5月号』)
 今日の地球規模の環境破壊の実態は、「もう元の地球には戻らないだろう」、という悲観的憶測が専ら専門家の間で語られている。
 ドイツのニーチェという哲学者は「地球には傷がある。それは人間だ」と語っているが、今日の危機的状況は、人為的環境破壊も影響していることは間違いない。世界の森林は急速な速さで消滅しているのである。

世界遺産のアマゾン熱帯雨林

ブラジル、マナウスの熱帯雨林(Phil P Harris., via Wikimedia Commons)

 さて、南米には数多くの世界遺産があるが、知名度に置いて世界一は、アマゾン熱帯雨林であろう。ブラジルのアマゾン熱帯雨林の場合、中央アマゾン保全地域群は2000年、続いて2003年に世界最大の熱帯雨林エリアとして世界遺産に登録された。しかし、これらのエリアはアマゾン熱帯雨林の全体の1%にも及ばない面積である。
 その広大なアマゾンで2019年8月下旬、大火災が発生した。そして、その黒煙が2700キロも離れたサンパウロの空を不気味なほど薄暗くした。記憶している方も多いと思うが、怖い体験であった。
 ちょうどフランスではG7サミットが開催されていた。マクロン大統領は「皆さん、私たちの家が燃えている、地球の酸素の20%を作り出す肺が燃えている。これは国際的危機。緊急事態だ!」とツイッターで叫んだ。
 だが、当事国のボルソナロ大統領は、「ブラジルの参加しないG7で森林火災問題を取り上げるのは見当違いの植民地主義的思考だ」と対抗した。さらに、ボルソナロ大統領は、「熱帯雨林の大半を保護するために必要な『現代的法則』は十分整っている。あの地域には2千万人以上のブラジル人が住んでいる。その人たちに発展の機会を与えなくてはならない。保護だけすればよいというものではない。伝統的に今は乾燥期だ。特に暑い夏は山火事が増えるのだ」と自然要因を強調した。
 だが結局、欧州連合(EU)からの圧力を受けて、「軍人としてアマゾンの森林を愛することを学んだ。そのために、保護に協力したい」と火災鎮圧のために軍の派遣を許可することをテレビで演説した。
 この時のマクロン大統領の発言は物議を醸した。「地球の酸素の20%を作り出す地球の肺」という表現である。実は専門家によっては、この「地球の肺」という言説に科学的根拠はないという人もかなりいる。「20%はあり得ない。多くて6パーセント」とか、「地球の酸素は森から作られるのではなく、海からである」など異論が多い。
 酸素がどこで何パーセント作られるか、といった学術的議論は専門家に任せるとして、検討すべきは、ブラジル政府の責任。何のための伐採か。人為的に焼き払うのは、そこにいる動植物、先住民の命を脅かす。その責任をどのように贖うのかということではないか。
 さらに言えば、フランスのようなブラジルに熱帯雨林保護を求める先進国自体は、工業化のために多くの森林伐採をしたはずだが、そのことへの責任は棚上げしがちだ。上段に立って、後から発展する後進国ばかりに森林保護の責任をかぶせようとする先進国のエゴに対して、途上国側からの反発が大きいことも知るべきだ。
 自分たちが過去に自然破壊をしたことを忘れたふりするのでなく、その責任を含めて一緒に環境対策を考えていく方が共感を得られるだろう。

『ナショナル・ジオグラフィック日本版2022年5月号、6月号』の表紙

世界自然遺産登録後の課題

 さて、2011年に世界自然遺産登録を認められた小笠原産業観光課は、登録後の課題について、次のようなことを掲示している。それは、「自然環境の保全と利用の両立、そして人々の生活との共生を維持していくこと」である。
 小笠原諸島では、地域をあげて保全と利用の両立・共生に取り組んできたが、遺産登録から10年を経た今も課題は山積しているという。
 そのため、奄美・沖縄群島と小笠原諸島は島の成り立ちそのものに違いはあるが、ほぼ同緯度に位置することから、様々な課題解決にはお互い参考になることも多いかと思うので、互いに協力していくことを表明しているのである。
 その課題とは何かということについて、考えてみたい。
 気候変動によって猛暑が続いていた2018年のことであったが、私事でオーストリア・ウィーンを訪問した時、地元の観光課が外国人観光客に対して厳重な注意事項を通告していた。市民への徹底ぶりは言うに及ばない。
 注意事項は、公園、森、名所旧跡、博物館等でライター等の発火物は入り口で取り上げる。もし、使用した場合は、その場で逮捕、高額な罰金を課すことになる。キャンプ場での火の使用は厳禁になっていると聞いた。山火事を起こした場合、その個人に課せられる負担は莫大で、同時に当該者は社会的信頼も失うことになる。非常に厳しい罰則が厳然として実行されていた。
 これほど厳しい罰則が市民はじめ観光客に対して設けられる理由は、オーストリア国内のウィーンやザルツブルク、グラーツの旧市街のほか、山岳鉄道や湖水地方などが世界遺産、および自然遺産に登録されているからである。今や、世界遺産(自然遺産を含む)に登録されたことによって、皮肉にもその地が「危機遺産」になるからである。その地を危機にさらす状況は枚挙にいとまがないほど報告されている。
 「危機遺産」となる典型的原因は、自然遺産の場合は、災害や地球温暖化などによる環境の変化、戦争や密猟、増大する観光客のマナー違反などによる自然環境の破壊や動植物の減少など。
 文化遺産の場合は、戦争・軍事衝突や開発による建造物や景観の破壊。ここでも、観光客倍増による環境、生態系の破壊である。それは、果てしなく繰り返される醜悪な人為的な破壊である。

森と海は一つという考え方で環境保全を実践する人々

 林業、農業、漁業を生業とする人は、神と地との間に有る人といわれる。この生業を続ける以上、自然を畏怖しなければ成り立たないことが当然であるからであろう。
 北海道襟裳岬の百人浜では、古くから漁民は沿岸部の森林が魚を集める効果に注目して、「魚つき林」と呼び森を大切にしてきたそうである。森には、土砂の流出を防ぎ、海に栄養分を供給する機能があるからである。それは海に囲まれた日本全国に共通する認識であろう。ブラジルも開拓が進むにつれ、過度の森林伐採と過放牧によって海を濁してきた。
 「美味しい魚が食べられる。うまい空気が吸える」。この満足を得たかったら何をすべきか。
 「真の文明は山を荒らさず、川を荒らさず、村を破らず、人を殺さざるべし」とは栃木県佐野市出身の政治家、田中正造(1841―1913)の言葉であるが、今、世界的森林消滅の危機が起きている状況を知るにつけ、この言葉を深く心に留めなければならないと思うのである。
【参考文献】★青柳洋治、『琉球弧の考古学』http://ac.jpn.org/kuroshio/hitomono/index.htm/★『ナショナル・ジオグラフィック日本版2022年5月号、6月号』

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