シリーズ:境界を耕す日系人=松田真希子(金沢大学)=第2回=壁画アートで境界を耕す : 安楽香織さん

安楽さん
安楽さん

 近年、サンパウロ市郊外のスザノ市の壁に不思議な渦の模様の壁画アート(Wall Art)が続出している。これらはスザノ市を拠点にWall painting(壁画描写)の活動を行っているアーティスト、安楽香織さん(27歳)の作品である。香織さんは父方からみて日系4世、母方からみて日系3世にあたる。2022年サンパウロ大学デザイン学科を卒業し、生まれ故郷であるスザノ市で本格的な芸術活動を開始した。
 香織さんは幼少期よりスザノ市にある日本語学校に通い、約10年間日本語を学んだ。母親はセニブラス・スザノ日伯学園の日本語教師をしており、家の中には日本のアニメやマンガなどが多くあったという。愛読雑誌は学校におかれていたこども向け農業雑誌「ちゃぐりん」。
 通常、移民は2世世代になると、親の母語を聞いてわかっても話せないことが多く、3世世代では消失すると云われている。しかし、南米には日系4世でも高度な日本語力を保持するケースをよく見る。香織さんもその中の一人だ。コミュニティ内に日本語や日本文化を継承できる教育システムが充実しており、家庭内での日本語使用率が高い場合、驚くほど高度なバイリンガルの若者が育つことがある。
 香織さんのポルトガル語の発音には日本語なまりがある。香織さんは日本的な容姿と発音から、ブラジル社会の中でブラジル人として見なされないときもあったという。また、逆に日本に研修生として来日すると、自分の中の日本人性を否定される経験をした。「はしを手に持って振り回してしゃべってたら日本人に行儀が悪いと叱られた」という。

壁画アートを制作中の安楽さん
壁画アートを制作中の安楽さん

 このように、多くの日系人と同様、香織さんも自分の中のブラジル人性を否定されたり日本人性を否定されたり、どこにも依拠できない感覚を体験している。
 香織さんが日系人や日本人、ブラジル人ではなく、人をありのまま理解することができるようになったのは、大学進学が契機という。サンパウロ大学に進学するまで、香織さんは、日本語ができない日系人は日本語学習を放棄した怠け者だと思っていた。
 しかし、サンパウロ大に進学し、多くの日本語を全く話さない優秀な日系人と接する機会を得たことで、「日系人だから日本語ができなければならない」とか「日本語ができない日系人はだめだ」といった考えに捉われていた自分に気づいたという。
 《日本語が話せない日系ブラジル人に対して、「こいつら日本語話せない、ろくでもない」って、偏見で人格すら決めつけて・・・。自分自身が「東洋人は努力家、理学が得意、頭が良い」とか言った、個人の努力じゃなくて全て血筋のお譲りみたいな解釈を嫌うのに、未だにレッテルを貼るような発言をしてしまっては反省してます》
 そして、日本、ブラジル、日系といった既存の枠組みに自分を合わせるのではなく、自分を形成するものは、自分が生まれ育ったスザノであると感じるようになり、そのことを誇りに思い、それを守りたいと思うようになったという。なぜスザノで表現活動を行うのかを聞いたところ、次のように答えた。
 《故郷に良い思い出が多く、好きな町の景色に私の作品を描き、市民の体験に彩を施し芸術への関心を芽生えさせるきっかけを与えたい。
 それと、単にスザノの方が生活リズムや雰囲気が落ち着いてる(気がする)ので、相性がいいんだと思います》
 香織さんの絵は、渦を巻く形状や水や波のような、人によって多様な解釈が可能なモチーフが多い。それは意図的だという。
 《自分でもうまく説明できませんが、抽象画なのに何処か東洋的な雰囲気をまとった作風だという感想をときどきいただきます。
 抽象画を描き続けるのは意図的です。
 極端に言うなら特定な人物画を描くと人間を代表、植物を描くと植物を代表。
 なら私は不可視ながら確かにあり続ける雰囲気や感覚を表現し、欲張りだけど空気のようにすべてを包み込むような存在を代表したい。
 もしかすると、「個」ではなく「万物」をとろうとする意志が、文化的な影響の表れかもしれません》
 境界を意識して生きてきた香織さんだからこそ、境界から自由であること、個ではなく万物を大切にする作風が導かれたのではないだろうか。
 香織さんが耕すのは、ビジュアルアートだけではない。書道、詩、マンガ、ことばつなぎ遊びなど様々な領域の表現活動に挑戦している。
 例えば、香織さんのマンガ(のようなもの)には日本語やポルトガル語が随所に織り込まれており、不思議な世界が展開されている。香織さんの作品を見ると、多様な言語文化背景をもつ人だからこそ気づける、わかる、つくれることがあると実感する。
 最後に、香織さんに「ほぐしたい境界があるか」を聞いてみたところ、次のようなことを言った。
 《「ほぐしたい境界」は「絵を描ける人」「絵を描けない人」の境界線。私の創作を見て「素晴らしい才能を持って生まれたね」と言うようなコメントに対し沈黙せずしっかり「創作は好奇心(観察力)と向上心(行動力)。絵の場合描きたいものがハナから描ける人は滅多におらず殆どが納得いくまで何度もやり直し重ね創り上げている」と発し、「絵は才能」という思い込みをできるだけ多くの人に見直してほしいし、誰でも創れるのだと知ってほしい》
 香織さんが語るように、絵を描くということは特別なことではなく、だれでもできることだ。
 そして、境界を耕すことも決して特別なことではない、好奇心と向上心をもってそこで問い、つくりつづける。そうした不断の活動が境界を耕すのだろう。
 しかし、人々は大人になるにつれ、境界という壁の存在を疑えなくなる。疑わずに慣れた世界の中に安住するほうが楽だからだ。名前が与えられないアイデンティティ、安定しない仕事、答えがない問いを追いつづけることは辛いことかもしれない。
 しかし、探求の自由や楽しさ、幸せの種も境界から生まれるのかもしれない。ブラジルと日本、アートの境界に生きる香織さんは、実に楽しそうだ。筆者はこうした日系人に出会うと、自分の中にあるさまざまな無自覚な境界が認識され、溶かされ、耕されていく感覚を覚える。そして、やはりこうした人々を育むもとはブラジルにあるような気がするのだ。

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