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連載小説=自分史「たんぽぽ」=黒木 慧=第119話

・二月十八日 宮崎県受入れ農業研修生の住谷カミーラかおりと遠藤ナターシャりえが帰伯。両研修生への宮崎からの補助金六十八万円X一、七〇=一万千五百六十レアイスと、県送り出し研修生の一人分(二十五万円=四千二百五十レアイス)で赤字になるかも。
・二月十四日 コチア青年、カナネイア魚釣り親睦旅行(歌丸レストラン・ポザーダス)。
・二月二十一日 国士舘にはゴルフの打ち放し練習場がある。二百七十ヤードの広いグリーンを五~六人の人達で管理するのは大変のようだ。
・三月二日 白旗洋一君(三十九才)の法要、イビウーナ市より海岸に向かって二十㌔の地点に浄土宗日伯寺があり、桜井住職が祭事を取り仕切っている。
・三月十一日 国士舘マレット・ゴルフ会の第一会計に私が指名され、古川渉さんが第二で始めたけど、私は会計は余り解らず、大嫌いで退任願いを出したけど、受理されず、それでも渉さんと伊藤公一さんにお願いして私は名前だけで勘弁してもらった。
・三月十五日 国士舘の運営権をコチア青年と地元文協の有志に任せてくれと、サンパウロ文協理事会に頼み、二十回もの会議を重ねたけど、文協の渡辺和雄評議員長が理事会が認めたにもかかわらず、否認したので地元側は怒って全てゼロに戻した。
・三月十八日 イビウーナの太鼓チーム(高野信太郎代表)が訪日した。
・三月二十三日 我家では春と秋の年に二回黒木家の皆に集まってもらって、みたま祭を行っている。神前にお供えをしてパチパチをして祭文を読み、そのあと皆でお手ふりをして、黒木家一同、元気に幸せを感じていることを神に感謝して式は終わり。席を食卓に移してにぎやかに話がはずむ。その間、カラオケ、ピンポン、テニス、芝すべり、小さなプールで水遊びなど楽しい一日。
・四月七日 美佐子が長年励んで来た書道で日本の北辰会より準教師の免状を頂いた。
 美佐子の書道歴はブラジルでは三十年位だろうか、ブラジル書道界では一応指導的な域に達したことになったけど、他にカラオケやマレット・ゴルフ等の趣味の外にも役職が多く、書道だけに打ち込む時間が足りない。サンパウロ書道の先生方は皆年老いて、美佐子の頑張りを期待しているようだけど、まず無理の様だ。
・四月十四日 美佐子が早朝急に頭痛と吐き気がしてSBCに急行、軽い気管支炎だとか。
・四月十八日 来年の宮崎県人会創立六十周年記念行事の一つ県人実態調査委員長に私がおされた、それは吉加江ネルソン式典実行委員長夫妻からの要請でもあった。

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