《記者コラム》世論調査との差はなぜ起こるのか=躍進するボルソナロ、油断したルーラ

早朝のフェイラでも熱く議論

投票所のルーラ(Foto: Rovena Rosa/Agência Brasil)

 先週金曜日朝7時頃、いつものようにサンパウロ市アクリマソン区のフェイラに行ったら、フェイランテや出入り業者が、みな声高に前夜のグローボ局の大統領討論会の話に熱中していた。「前夜」といってもつい4時間余り前、午前2時半頃まで3時間20分も続いた特別番組だ。
 フェイランテは通常午前3時頃から準備を始め、7時前には路上に店を構え終わっているから、徹夜状態のはずだ。
 興奮さめやらない様子で「どうせルーラは盗む」とか「(ルーラはセルソ・ダニエルを)殺した」などと商売そっちのけで熱く議論を交わしていた。ルーラ批判の論調が多くて驚いた。庶民層はルーラ寄りという既成の印象からすれば、だいぶ異なったからだ。
 実際2日の第1回投票では、ルーラは過半数を制することが出来なかった。ルーラ48・43%、ボルソナロ43・20%と驚くような数字が出た。この上位二人が10月30日の決選投票にもつれ込んだ。
 ルーラの数字は予想範囲内だが、世論調査における大統領の得票予想は35~38%程度で、常に10%前後の差が開いていた。わずか5%の接戦になるとは、大方の世論調査では示されていなかった。
 9月29日にダッタフォーリャは「ルーラ50%で第一回投票勝利、ボルソナロ36%」という数字を発表していた。だが30日(金)に発表されたBrasmarket調査では、1位がボルソナロの45・4%、2位がルーラ30・9%というものもあった(https://www.correiobraziliense.com.br/politica/2022/09/5040710-pesquisa-brasmarket-bolsonaro-esta-com-454-lula-tem-309.html)。
 今回の選挙で明らかになったことの一つは、電子投票制度は信用できるが、世論調査は間違いが多いということだ。
 驚いたことに大統領が所属するPL党の連邦議員が98人に激増した。マスコミから悪評を立てられて辞めたリカルド・サーレス元環境大臣、エドアルド・パズエロ元保健大臣らも凄い得票で下院議員に当選した。
 前回の選挙ではボルソナロ人気で当時の所属政党PSLは58人に激増したが、今回はそれ以上の勢いを見せている。明らかに大統領派は勢いに乗っており、ルーラ派は油断していた。

7つもある代表的な世論調査機関

投票するボルソナロ(Foto: Tomaz Silva/Agência Brasil)

 大統領選だけでなく、様々なレベルで世論調査とは違う結果が出た。例えば、サンパウロ州知事選では常にPTのアダジ候補が1位で、ボルソナロ派のタルシジオは2位か3位だった。それが大差をつけて1位に躍り出た。
 サンパウロ州上院議員選でもマルシオ・フランサ元州知事が常に1位だったのに、ふたを開けたらボルソナロ派のマルコス・ポンテスが断トツで1位になった。
 リオ州知事選でもボルソナロ派の現職クラウジオ・カストロ知事が1次投票で決めるとは、誰も予想していなかった。
 大きな流れとしていえるのは、大方の世論調査ではボルソナロ派の票が少なく見積もられ、ルーラ派が多めに出ていたことになる。ボルソナロが「調査会社は信用できない」と選挙キャンペーンで訴えていたことが証明された形だ。
 と言うのも、現在では主要な調査機関だけで7つ(Ipec/Quaest/MDA/Ipespe/Datafolha/Ideia Inteligência/FSB Pesquisa)もあり、それぞれがグローボやフォーリャなどのメディアや企業・組織から依託を受けて調査している。
 だから、毎週それぞれの大統領選の世論調査の結果発表され、それぞれ方式が異なり、前述のように結果が全然違うこともある。
 では1回の大統領選の世論調査にいくらかかるか。最も著名なダッタフォーリャ社の場合、183市に住む2556人に対して全伯規模の対面調査をした場合、50万レアル程度とされている。
 だが今まで一度も世論調査を受けていない人は多い。ブラジルには5565市、1億5645万4011人の有権者がいる。その動向をわずか200市程度に住む、2~3千人で調べることが可能なのか。市の割合のわずか3~4%、人口比で言えば0・002%だ。そこで統計調査のさまざまなノウハウが必要になり、手法の違いが数字の違いになる。

事前の調査と実際の投票の差はどこから

 事前の世論調査と実際の投票数の違いが出る理由には、いろいろ理由は考えられる。
(1)ボルソナロ支持者は調査会社に対して強い不信感を持っているから、質問に対して本心とは違うことを答えている可能性がある。大統領は、調査会社は誤差を使って自分に不利な結果を発表していると訴えており、支持者からすれば調査会社は「敵」のような存在だからだ。そのため、そのような行動に出ており、その差の分が、当日はボルソナロ票が多くなる可能性を秘めていた。
(2)世論調査の幾つかは電話で行われており、「電話を持っている人」という基本条件が、すでに全国民のプロフィールからずれている。IBGEの2020年調査によれば、携帯電話を持っていない人は国民の2割を占めており、ここの部分が最初から調査対象から除外されている。しかもこの場合、貧困層ほどもっていない訳で、当日は貧困層の声がより明確に反映される分、差がでる。
 30日付ロイター通信記事(https://www.terra.com.br/noticias/eleicoes/analise-comparecimento-as-urnas-sera-crucial-para-chance-de-vitoria-de-lula-no-1-turno,ad93cfbd9198bb1e4800a2ea88ea71c2bh5h3bz3.html)によれば、《Ipec や Datafolha などの対面調査を実施する伝統的な機関は、ルーラが最初のラウンドで勝つ可能性があると指摘しているが、FSB Pesquisa、Ipespeと Ideiaなどの電話で実施された調査は、決選投票に進むことを示しており、ルーラが決選投票で勝利するシナリオになっている》とある。
 つまり、対面調査をしているからといって、その調査結果が信用できるとは限らないわけだ。
 某日系ベテラン政治家からは、「ブラジルには5565市もあり、調査会社が選ぶのは大きめの市ばかり。小さな市はほとんど調査されることはない。小さな市が丸ごとボルソナロ派とまだら状態の場合がある。その平均をとるのは大変難しい。本当の動向は分からない」と言われた。
 今回、サンパウロ州で顕著なボルソナロ派の躍進は、世論調査から抜け落ちた小さな市の地方票が強く反映していることが推測される。従来、ボルソナロ派にはセルタネージョ愛好者が多いと言われてきたが、これはまさに地方票であり、アウシリオ・ブラジルが600レアルになって最も恩恵を受けている層である可能性が高い。
 従来「貧困層はルーラ支持」というイメージが強かったが、この辺が変わってきていると推測される。この部分の調査が足りなくて、実際の投票で差が出たのかもしれない。
 それにフェイスブック、ツイッター、インスタグラム、ユーチューブなどのSNSのフォロアー総数で1位は依然としてボルソナロの4900万人、ルーラは1700万人と大きく水をあけられている。ルーラは追い上げたが、まだ左派はデジタル対応で後手に回っている。

決選投票の日時を言い間違えたルーラ

ルーラの選挙キャンペーンの様子。サンパウロ市アウグスタ街(Foto: Ricardo Stuckert)

 世論調査では「ルーラが1次投票で勝つかも」という結果ばかりが出て、マスコミがそのまま報道することが繰り返された。その結果、ボルソナロ支持者による「投票に行かなきゃ負ける」という切迫感を刺激したかもしれない。
 逆にルーラ支持者では「もう勝った」と安心して投票に行かなかった貧困層がいた可能性がある(https://www.msn.com/pt-br/noticias/brasil/lula-j%C3%A1-ganhou/ar-AA12iVBF?ocid=EMMX)。彼らは交通費をつかって投票に行くことにもともと抵抗があり、「行かなくても勝つ」という油断が広がっていた可能性がある。
 ルーラ陣営に張り付き取材していたジャーナリストのコメントをラジオで聞いたら、2日晩の開票集計を見守る会のPT党首やアウキミンの挨拶でも、「第1回投票で勝てるはず。万が一、決選投票になってもただの延長戦で間違いなく勝てる」を基本としたニュアンスだったという。
 さらに驚いたのは2日晩の投票結果を受けた記者会見の様子をテレビで見ていて驚いたが、ルーラ本人が決選投票の日付を間違え、言い直していた。ルーラも第1回投票で勝つと思っていた節が強い。だから決選投票の日時を記憶していなかった。
 さらに投票結果が出た後にサンパウロ市パウリスタ大通りで行われた選挙集会では、ジウマ元大統領が挨拶をしたという。これは、第1回投票でルーラが勝利を決めた場合の祝勝会のシナリオとして用意されていた舞台だ。それが強烈な追い上げを受けた数字が出たあともそのまま行われた。
 「これから決選投票で票をかき集めなければならないのに、反ジウマが多いサンパウロ市の選挙集会で挨拶をさせること自体、PTの慢心の現れでは」と取材したジャーナリストがショックを受けたとラジオでコメントしていた。
 また、パラナ州ではラヴァ・ジャット捜査で名をはせたセルジオ・モロが上議に、デルダン・ダラニョルも下議に当選、サンパウロ州ではモロの妻ロザンジェラが下議に当選した。「反PTを強調して、ボルソナロ躍進の尻馬に乗った」流れだと分析されている。

強烈な巻き返し予想されるボルソナロ陣営

サンチーニョがばら撒かれている投票会場の周辺(Foto: Edilson Rodrigues/Agência Senado)

 「決選投票は別の選挙」というブラジルの言葉がある。10月30日までいろいろな動きが出てきそうだ。
 特にミナス州で勝利したゼマ州知事は、自党NOVOの大統領候補が落選したため、今後公にボルソナロ応援を始めると見られている。現在同州ではルーラ38%、ボルソナロ33%だが、圧倒的人気を誇るゼマ知事が応援することで、ひっくり返る可能性が高いと報じられている。
 またサンパウロ州でもボルソナロ派のタルシジオ候補は「市の票を求めていく」と表明しており、これは大半の市長の支持を押さえているPSDBのロドロゴ・ガルシア現知事の18%獲得を目指していることを意味する。そうすれば、サンパウロ州知事選もボルソナロ派が勝利する流れになる。
 そうなればブラジルで有権者人口が最も多い3大選挙区、サンパウロ州、ミナス州、すでに手中に収めたリオ州の全てをボルソナロが抑えれば、勝利は決定的になる。ルーラにとっては悪夢だ。
 大統領選で1位と2位の差は約600万票だ。3位のシモネの4%(約500万票)、シロの3%(360万票)の行方が今後を占う。二人ともルーラ支持に回る可能性が報じられているが、有権者がそれに従うかどうかは不明だ。とくにシモネのMBD所属議員にはボルソナロ派が多く、大統領がそこを狙うことは間違いない。
 今回の大統領選は、まったく行方が分からなくなった。もちろん国政は重要だが、サンパウロ州民としては28年間のPSDB政治が終わったことは、時代の節目を感じさせる。上院議員から鞍替えして連邦下院議員選にでたジョゼ・セーラ元知事が落選したという屈辱は、PSDBの終わりを強く印象付けた。(敬称略、深)

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