《記者コラム》孤立する大統領、過激化する支持者=聖戦戦略からクーデター説まで

社交するルーラ、そそくさと消える大統領

選挙高等裁判所のモラエス新長官とリカルド・レワンドウフスキー副長官(Foto: Antonio Augusto/Secom/TSE)

 「投票当日に結果がわかる唯一の民主主義国家で、安全で有能、高い透明性を誇る選挙制度は世界最高だ」――16日にブラジリアで行われた選挙高等裁判所の長官就任式では、アレシャンドレ・モラエス最高裁判事のそんな演説に2度も来賓が立ち上がって長い喝采を送った。
 就任式にはルイス・フクス最高裁長官、ボルソナロ大統領、アルトゥール・リラ下院議長、ロドリゴ・パシェコ上院議長、13人の連邦政府閣僚、40人の各国大使、22人の知事、アウグスト・アラス連邦検察庁長官、サルネイ、ルーラ、ジウマ、テメルら大統領経験者が同席した。
 主だった政府の代表的政治家、司法関係者が喝采を送る中、2人だけが憮然と無視した。ボルソナロ大統領と息子のカルロスだ。
 新長官からの「選挙結果を尊重して負けたときは素直に認め、クーデターを煽るな」とのメッセージはこの2人に向けられていた。その場にいた全員が、それを理解していたから長い時間喝采を送ってダメ押ししたようだ。

テメル、ルーラ、サルネイ、ジウマら元大統領がずらりと並んだ異例の就任式(Foto: Antonio Augusto/Secom/TSE)

 17日朝のCBNラジオで式典の様子を報じたジャーナリストのベルナルド・メーロは、「閉会した後、ルーラ元大統領の周りには人垣ができ、来場者と無数の自撮り写真を撮影したほか、次々にジャーナリストがインタビューを行い、賑やかな一角ができていた。だが大統領はインタビューには一切答えず、足早に立ち去っていった」と当日の様子を伝えた。
 最後に「ブラジリアの住民は、その人の将来的な価値を見越して付き合いを決める。事実上、政界、司法界のトップが集まった中で社交らしいことをせず、そそくさと姿を消したこと自体、大統領がいかに孤立した状況にあるかを象徴的に示していた」とコメントしていたのを聞き、選挙開始直後の首都の雰囲気を肌身で感じた。

聖戦に持ちこみたいボルソナロ陣営?

夫ボルソナロを擁護してサンパウロ戦の最前線に立つミシェレ夫人(Palácio do Planalto, via Wikimedia Commons)

 先週から選挙運動が開始され、ルーラも、ボルソナロもミナス州に向かったのは興味深い現象だと思った。
 19日エスタード紙サイト《ボルソナロとルーラのキャンペーンは〝聖戦〟の週における宗教的演説の限界を試した》(https://www.estadao.com.br/politica/campanhas-de-bolsonaro-e-lula-testam-limites-do-discurso-religioso-na-semana-da-guerra-santa/)によれば次のような演説が行われた。
 ボルソナロは真っ先にミナス州ジュイス・デ・フォーラに向かった。ペンテコスタル系福音派の勢力が強い地域だ。
 そこで熱心な信者であるミッシェレ大統領夫人は「プラナルト宮(大統領府)は〝悪魔〟に奉納されていた」とPT政権時代を表現し、ボルソナロも「共和国大統領という使命、第二の人生の機会を与えてくれた神に感謝します」と挨拶した。
 大統領陣営は「PTが政権を取れば教会が閉鎖される」というメッセージをSNSで拡散したり、ルーラの新妻がウンバンダ教会(アフリカ由来の宗教)に行った際の写真を拡散して、この選挙運動をカトリックVS福音派の〝聖戦〟にしようと仕向けている。ウンバンダと福音派は以前から「宗教戦争」を繰り広げており、対立機運を盛り上げて福音派票を増やす戦略のようだ。
 さらに、エスタード紙21日付《5千万人以上のフォロワーがいる牧師がSNSでボルソナロにバーチャル演説の場を与えている》(https://www.estadao.com.br/politica/pastores-com-50-milhoes-de-seguidores-dao-palanque-virtual-a-bolsonaro-nas-redes-sociais/)は、次のような衝撃的なニュースを報じた。
 いわく《インスタグラム、フェイスブック、ツイッターで5千万人のフォロワーを持つ牧師が、ボルソナロ候補にバーチャル演説の場を提供する。大統領を支持する上位10人の宗教指導者は、大統領の演説に同調して「善」と「悪」の戦いとのメッセージを発している。エスタードが特定した宗教指導者のうち、2330万人のフォロワーを持つ3人が、9月7日のデモ参加を明確に動画で呼びかけている。そこではアナウンサーが「神、祖国、家族、自由」「我々の旗は決して赤くはならない」というボルソナロ派のスローガンを繰り返している》と報じた。
 ペンテコスタル派教会の主要人気牧師らが、総力を挙げてボルソナロを応援している。まさに選挙を「聖戦化」にしようとしている。前回18年の大統領選挙第2次投票でボルソナロは5779万票、ハダジは4704万票。5千万人のフォロワーがいる牧師たちがこぞって応援することで、大量の信者に影響を与え、投票動向を左右する可能性がある。
 振り返れば前回の選挙では、直前に逮捕されて出馬できなくなってルーラの代理として出馬したハダジが最初は優勢だった。だがボルソナロが9月にジュイス・デ・フォーラで腹を刺されて重傷を負って注目を浴びた勢いで一気に劣勢を挽回した。その際にハダジとのきわどい勝負の決めの一手になったのは福音派票の多さだった。
 ボルソナロにとっての大統領選の「勝利の方程式」は、自らがテロの犠牲になることになって、十字架に貼り付けにされることで人類の原罪を贖ったとされるキリストのイメージに重ね、福音派によって神格化されて票が集まって当選することにも見える。
 一方、ルーラは選挙地盤であるサンベルナド・ド・カンポの労組でキャンペーンを開始した後、やはりミナス州都ベロ・オリゾンテに向かった。
 そして演説会場で左派的な経済政策を中心に説明する合間に、わずかに「憲法と聖書に従う」とカトリック的な宣言をしたのみ。20日のサンパウロ市の政治集会では「教会が特定政党と結びつくのは間違いだ。ブラジルは世俗国家(政教分離した近代民主主義国家)だ」とその方向の論争を真っ向から否定した。

軍諜報機関が検知した9月7日の不穏な動き

 気になるのは、8月2日付VEJA誌ではマテウス・レイタンがコラムで、独立200周年の9月7日にボルソナロ派の過激分子が、大統領を暴力的に攻撃する計画を練っていることを諜報機関が察知したと報じた件だ(https://www.brasilnippou.com/2022/220804-13brasil.html)。
 味方のはずのボルソナロ派過激分子が、なぜ大統領を攻撃するのか?
 19日付エスタード紙《ボルソナロ派過激分子の脅威を検知した軍諜報機関は9月7日を変えた》(https://www.estadao.com.br/politica/7-de-setembro-muda-depois-de-inteligencia-militar-detectar-ameacas-de-bolsonaristas-radicais/)も次のように報じた。
 いわく《軍情報部は、ボルソナロ大統領を支持する過激派が、9月7日のリオでのパレードに潜入して混乱を引き起こし、軍事介入を唱えようとしている可能性を察知した。この警告は、大統領が望んでいたコパカバーナでの軍事パレードの開催を軍が辞退する決断に導いた》とある。
 当日、コパカバーナ海岸で軍事パレードは行われない予定だが、ボルソナロ派の政治集会が行われ、1キロ沖では海軍艦艇海上パレード、上空では空軍の演技飛行が行われる。特に海上パレードには米海軍水陸両用船「メサベルデ」、すでにアフリカを出航したカメルーンの船も参加する。
 そんな場でもしもボルソナロ派過激分子が「軍事クーデター呼びかけ」をするとすれば、選挙ウンヌンよりも国際的な大問題になる。
 もしくは、まさかとは思うが「犠牲の山羊(bode expiatório)」という「勝利の方程式」からすれば、左派過激派を偽装した人物がコパカバーナ海岸をパレード中の大統領を襲い、4年前のように怪我をさせるという筋書きも想定されるかもしれない。

ミナスを制した者がブラジルを制するジンクス

 ミナス州に話を戻す。この州が、大統領選候補者にとって特別な場所になっているのは、「1945年以来、ミナスを制した大統領候補が選挙で勝つ」というジンクスがあるからだ。
 戦後9人の大統領が就任したが、例外はただ1人、異色の大統領ゼッツリオ・バルガスだけだ。
 ミナス州の有権者は全伯2位の有権者数を誇り、唯一負けるのはサンパウロ州だけ。ここをおさえることは、どの候補にとっても最重要課題だ。
 そのジンクスからすれば現在、ミナス州ではルーラが支持率で優勢に立っている。ただし、現職のロメウ・ゼマ州知事(NOVO)に挑むアレキシャドレ・カリル(元ベロ・オリゾンテ市長、PSD)とルーラは組んでいる。
 ゼマ州知事は支持率で優勢だが、4年前はボルソナロ派だったが、現在は距離を置く。「距離を置いた」から優勢を保ったと分析されている。
 ミナス州は、ポルトガル帝国の植民地だった時代、最初の独立運動として知られる「ミナスの陰謀」(Inconfidência Mineira)が起きた地だ。その首謀者チラデンテスは政府軍に八つ裂きにされた。処刑された4月21日は現在、国の祝日になっている。
 その伝統からか「ミナス州人は権謀術数に長けている州民性を持つ」との定評がある。
 そんなミナス州選出政治家の代表格といえば、パシェッコ上院議長だろう。そのパシェッコは8月3日、上院議会会期開けの開会演説で「選挙制度に全幅の信頼を寄せている。電子投票箱は国家の誇りである」「それが誰であろうと電子投票で選ばれた大統領が23年1月1日、この連邦議会で就任式を行う」と演説しボルソナロを批判した。
 機を見るに敏なパシェッコは、時にボルソナロに寄り添うこともあるしたたかな政治家だが、選挙直前から明らかに距離を置くようになった。

大統領からこっそり離れるセントロン政治家

 実は7月から「大統領の孤立化」を報じるニュースが三々五々出ていた。たとえば、北東伯ピアウイ州選出の連邦議員シロ・ノゲイラが率いる進歩党(PP)の同支部が、選挙キャンペーンのポスターなどでボルソナロの画像を一緒に並べないように選挙地方裁判所に申し立てをしているという、驚きの報道を7月29日付グローボ・サイトが報じた。
 実際に北東伯での大統領のイメージは特に悪く、一緒に並んだポスターでは候補者の人気まで落ちると嫌われ、そんな対処がされていると報じられている。
 ここで問題なのはシロ・ノゲイラが、大統領が最も頼りにしているセントロンの大黒柱的な政治家であり、「大統領の女房役」官房長官を務めている点だ。ブラジリアでは「大統領の女房役」を演じていても、自分の選挙地盤では「夫」の写真をポスターから外すというのはかなりひどい状況だ。
 同記事によれば、同州ではルーラの支持率は59%にもなり、大統領はわずか24%。圧倒的な差を付けられている。拒絶率を見るとさらに顕著な結果が出ている。「絶対に入れない」がボルソナロには65%なのに対し、ルーラは22%。これだけ嫌われていたらポスターに写真を入れたくないのも分かる。
 セントロンのもう一人の大黒柱アルツゥール・リラ下院議長も、北東伯の地元アラゴアス州では、大統領から距離を置くポーズを見せていると同記事では報じられている。反ボルソナロ派を公言するロドリゴ・クーニャ上議の再選を応援しているというのだ。
 ジャーナリストのヴェラ・メガリは11日付CBNラジオで、ボルソナロ陣営の会議で身内であるセントロン議員から「9月7日には何をやるんだ」と聞かれ、フラビオ・ボルソナロ上議は何も答えなかったという。身内のセントロンすらも信用しない、孤立した大統領の姿がうかがえる。

ルーラは心の底からドリアに感謝しているかも

大統領選に実は大きな役割を果たしていたドリア(Palácio do Planalto, via Wikimedia Commons)

 選挙報道の中で、最も興味深いコメントだったのは、サンパウロ州知事候補のフェルナンド・ハダジ(PT)がエスタード紙で述べた次の分析だ(https://www.estadao.com.br/politica/fernando-haddad-e-o-entrevistado-da-sabatina-estadaofaap-nesta-sexta-feira-acompanhe/)。
 《ジョアン・ドリア前知事(PSDB)の党内での動きによって〝機会の窓〟が開き、ルーラ前大統領が、PSDBの重鎮政治家ジェラルド・アウキミン前知事(PSB)と組むことを可能にした》と語った。
 ドリアは自分が大統領候補になるために、アウキミンを窓際に追いやり追い出した。それを見て、自らの政治的位置を中道に寄せる必要があると感じていたルーラはアルキミンを取り込んだ。なぜ中道に寄せる必要があったかと言えば、「第3の候補」が出てきて選挙の流れを大きく変えられることを恐れていたからだ。「右の大統領」「左のルーラ」に両極化した図式の隙を突くには、中道が一番適格だ。
 ルーラはアウキミンを副大統領候補にすることで、自分の中道イメージを強められると考えた。つまりアウキミンと組むことで「第3の候補」がとるべき政治的ポジションを先に占拠した。
 と同時に、4期も知事を務めた実力者アウキミンがサンパウロ州知事選に再出馬する可能性を潰すことで、ハダジ候補が当選する可能性を最大化させた。PT内では、かつての宿敵アウキミンを取り込むことに強い反対があったのを、ルーラがムリヤリ押さえ込んだのは、今からすれば一挙両得の大正解だった。
 じわじわと左から中道まで政治的陣地を広げてきたルーラと、セントロンに見放されて福音派と軍部だけに頼るボルソナロ。そのように急展開するきっかけを作ったのは、ドリアだった。きっとルーラは心の底からドリアに感謝していることだろう。(深)

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