
セレソン(ブラジル代表)の新監督が、なかなか決まらない。国内では「なり手がいない」「誰もやりたがらない」といった悲痛な声が聞かれる。
2022年ワールドカップ(W杯)で準々決勝で敗退した後、チッチ監督が退任。ブラジルサッカー連盟(CBF)は世界トップクラブであるレアル・マドリーを率いるイタリア人の名将カルロ・アンチェロッティに照準を定め、彼が就任できると思われた2024年6月までの繋ぎとして、若手のフェルナンド・ジニスを臨時監督に据えた。しかし、ジニス率いるセレソンは、2026年W杯南米予選の最初の6試合で2勝1分3敗。
2023年末、アンチェロッティがレアル・マドリーとの契約を更新し、セレソンを率いる可能性が消えると、CBFはジニスを解任。ベテランのドリヴァル・ジュニオールを招聘した。
ところが、彼も2026年W杯南米予選で4勝2分2敗。3月25日にブエノスアイレスで行なわれた宿敵アルゼンチン戦で1-4と大敗したことが響き、解任された(注:現在の順位は参加10カ国中4位。6位までが自動的にW杯出場権を与えられ、7位は大陸間プレーオフに回る)。
その後、CBFは外国人監督を求めて奔走。アンチェロッティに再びアプローチし、口頭で合意した、と報じられた。しかし、レアル・マドリーが契約の残り期間(来年の6月末まで)の給料支払いを拒んだこと、契約できるとしても8月以降であること、さらには彼がサウジアラビアの金満クラブからCBFをはるかに上回る年俸を提示されたことから、またしても契約が成立しなかった。
その後、CBFはかつて2019年から22年までリオの名門フラメンゴを率いて2019年に南米王者、ブラジル王者に輝いたポルトガル人のジョルジ・ジェズス(70)、2020年から強豪パルメイラスを率いてコパ・リベルタドーレスを2度、ブラジルリーグを2度、コパ・ド・ブラジルを1度制覇しているやはりポルトガル人のアベル・フェレイラ(46)と水面下で交渉中と伝えられている。
その一方で、アンチェロッティが今季、無冠でシーズンを終えた場合はレアル・マドリー退団が決定的と報じられている。スペインリーグが終わるのは5月25日で、優勝を逃せばCBFからの招聘を受諾する可能性もなくはない。混沌とした状況が続くが、少なくとも5月末までは新監督が決まりそうにない。
国内では、CBFの計画性のなさと交渉能力不足が厳しく批判されている。確かに、CBFの迷走は見苦しい。とはいえ、一般的に言って、外国のクラブに雇用されている外国人監督を招聘するのは決して容易ではない。
1)欧州ビッグクラブと契約している場合、フットボール強国の代表監督といえども、興味を持たせるのは難しい。
2)仮に本人と合意しても、契約期間中の引き抜きには所属クラブが巨額の違約金を求めたり、残りの期間の給料支払いを拒むことが多い。
3)欧州ビッグクラブが出す年俸と同等かそれ以上の金額を一国のサッカー協会が提示するのは容易ではない。
一方、自国人の監督であれば、クラブとの契約が残っていても「我が国のフットボールの強化、発展のため」という説明でクラブを説得し、比較的スムースに監督を譲ってもらえることが多い。
言い換えれば、現在のブラジルが抱える最大の問題は、ブラジル人監督に人材が枯渇している点にある。伝統的に、ブラジルのフットボールは選手の個人能力に依存する部分が多く、監督の戦術が重視されてこなかった。そのせいもあって、CBFの指導者養成コースの整備が遅れた。
また、CBFが発行する指導者ライセンスを持っていても、欧州サッカー連盟(UEFA)が発行するライセンスとは互換性がなく、欧州のクラブの監督を務めることができない。このため、ブラジル人が欧州強豪クラブの監督を務めるのは困難で、世界最高峰の監督を輩出するのが難しい。
このようなブラジルと対照的なのが、隣国の宿敵アルゼンチンだ。
UEFAと巧みに交渉して、EU外で唯一、自国の指導者ライセンスとの互換性を認めさせた。そのことを追い風として、多くのアルゼンチン監督が欧州の強豪クラブで采配を振るい、好結果を残している。
ただし、それでも上記2)の問題は残るから、欧州で実績を残したアルゼンチン人監督を代表へ招聘するのはやはり容易ではない。
ところが、2018年W杯後、アルゼンチン・サッカー協会(AFA)はクラブで監督を務めた経験がなく、代表のコーチだった若手のリオネル・エスカローニを臨時監督に据え、その後、監督に抜擢した。彼は2021年コパ・アメリカ(南米選手権)で優勝すると、2022年W杯を制覇。昨年のコパ・アメリカでも優勝し、2026年W杯南米予選も圧倒的な強さで突破した。AFAの見る目があった、ということだ。
一方、フットボール先進国ではなかった日本は、これまで多くの外国人監督を招聘してきた。しかし、2002年の自国開催W杯で史上初めてグループステージ(GS)を突破したフランス人のフィリップ・トルシエを除き、W杯で好結果を残した外国人監督はいなかった。主力選手からの支持を失ったり(ハリルホジッチ)、過去に八百長に関与した疑いがあったり(アギーレ)といったトラブルが目立った。
ところが、2018年W杯後、元日本代表MFで、監督としてはサンフレッチェ広島を率いてJリーグを3度制覇した森保一を抜擢すると、彼がチームを見事にまとめた。2022年W杯のGSでW杯優勝経験のあるドイツとスペインを倒す快挙を成し遂げてベスト16入り。2026年W杯アジア予選では、圧倒的な成績で突破したのはご承知の通り。ブラジルとは対照的な状況にある。
セレソンは、6月初めに2026年W杯南米予選の重要な2試合を控えている(2日にアウェーで対エクアドル、9日にホームで対パラグアイ)。
CBFは少なくともこの2試合の前に新監督を決めたいはずだが、なかなか決まらない。現在の情勢では、新監督が決まるのは5月末以降だろう。
CBFがブラジル人監督を評価せず、外国人監督の起用にこだわっているから、ここまで難航しているのである。
誰がセレソンの新監督になるのか、そしてブラジルはどのような成績で2026年W杯最終予選を突破し、来年のW杯でいかなる成績を残すのか。
まさかW杯出場を逃すことはあるまいが、「W杯でGS敗退」という悪夢が頭をよぎる一方で、「新監督が手腕を発揮してV字回復を果たし、通算6度目の優勝を達成」という淡い期待も抱いてしまう。
ブラジルのフットボールのため、そしてセレソンを愛する世界中のファンのためにも、CBFが有能な監督の招聘に成功することを切に願っている。