芸術フットボールを追い求めて=沢田啓明=第9回=ついに谷底脱したセレソン=期待高まる新監督の采配=期待高まるセレソン新監督の采配

パラグアイ戦の時のカルロ・アンチェロッティ監督(foto Rafael Ribeiro CBF)

 後になって振り返ると、2025年6月10日はブラジルのフットボールにとって記念すべき日となるかもしれない。2006年以来、ワールドカップ(W杯)で5大会連続で優勝を逃し、とりわけ2026年W杯南米予選で低迷を続けていたセレソン(ブラジル代表)が、劇的なV字回復へ向けて舵を切った日として—-。
 サンパウロ西部のネオ・キミカ・スタジアム(コリンチャンスの本拠地)で行なわれた南米予選第16節で、セレソンがパラグアイを1-0で下し、23大会連続W杯出場を決めた。
 W杯に出場すること自体は、ブラジルにとって当たり前。現在の日本代表もそうだが、とりたてて祝うべきことではない。
 しかし、今年3月25日に敵地とはいえ宿敵アルゼンチンに1-4という完敗を喫して以来、セレソンは谷底を這いずり回っていた。
 ドリヴァル・ジュニオール監督が解任され、すったもんだの挙句、イタリア人の名将カルロ・アンチェロッティ(前レアル・マドリー)が5月26日、後任監督に就任。6月5日、敵地でのエクアドル戦を0-0で引き分けた後、待望の初勝利を挙げたのである。
 最少得点ではあったが、終始、パラグアイを圧倒。国民は久々に溜飲を下げた。
 監督就任後、アンチェロッティが最初にやったのは、自らが信頼し、評価する選手を招集したことだ。
 レアル・マドリーで長く指導し、「プレーが安定しており、人間性が素晴らしい。リーダーシップもある」と全幅の信頼を置くボランチのカゼミーロ(33)をセレソンへ呼び戻した。「今季、フランスリーグで素晴らしい活躍をした」と高く評価するCBアレクサンドロ(25)を初招集し、のみならずレギュラーに抜擢した。
 そして、セレソンではクラブと同レベルのプレーができず、そのことがチームの不振の大きな要因となっていた愛弟子のFWヴィニシウス(レアル・マドリー)については、「彼なら必ずできる。私は彼を信頼している」と言明。エースナンバーである「背番号10」を渡し、攻撃の主軸としての活躍を期待した。
 今回の南米予選におけるセレソンの最大の問題点は、脆弱な守備にあった。そして、現在のフットボールでは、守備の選手のみならず攻撃の選手も守備面での貢献が求められる。
 5日のエクアドル戦では、ヴィニシウスらアタッカーも自陣の深い位置まで守備に戻って汗をかいた。このことが、チームにかつてない一体感をもたらしていた。
 ただし、この試合では今季、クラブ(バルセロナ)で絶好調だった右ウイングのラフィーニャが累積警告のため欠場。代役として18歳のエステヴァンが起用されたが、決定的な仕事はできなかった。また、中盤に攻撃的なMFを置かなかったため構成力が低く、チャンスは作ったが無得点。スコアレスドローに終わった。
 とはいえ、エクアドルはホームでは非常に強いチームで、しかも今回の予選は2位と好調だった。その相手とアウェーで引き分けたのは、決して悪い結果ではなかった。
 そして、10日のパラグアイ戦では満を持してラフィーニャが先発。ボランチを3枚から2枚に減らし、左ウイングにガブリエル・マルチネッリを入れ、2トップにCFマテウス・クーニャと本来は左ウイングのヴィニシウス、という攻撃的な布陣で臨んだ。
 ただし、2トップは前線に孤立するのではなく、適宜、左右に流れてプレーした。つまり、左サイドにはウイングが2人いる状態で、左SBも機を見て攻め上がった。右サイドも、ラフィーニャをマテウスと右SBがサポート。両サイドからの破壊力満点の攻撃が、堅守のパラグアイを押し込み続けた。
 前半44分、ラフィーニャがドリブルで右サイドを突破し、クーニャからの低いクロスをヴィニシウスが押し込んでついに先制。後半はややプレーの強度が落ちたが、それでも試合をコントロールし、危なげなく勝ち切った。
 ブラジルに降り立ってからわずか15日で、アンチェロッティはセレソンの守備を見事に立て直し、ヴィニシウス、ラフィーニャを中心とする攻撃陣に厚みを加えた。
 パラグアイ戦では、出場した選手全員が良いプレーを見せた。今後、彼らがチームのベースとなるはずだ。
 それでも、監督は「来年のW杯に出場する可能性がある選手は、70人前後いる。これから彼らをしっかり視察してベストの選手を選び、戦術的な理解を深めていきたい」と言明。セレソンにはまだまだ伸びしろがあることを示唆している。
 アンチェロッティの誠実な仕事ぶりと温かみのある人間性は、ブラジルのメディアと国民に好印象を与えている。
 とりあえず、セレソンは谷底を脱出した。来年6月のW杯開幕までに、どこまでチームが進化するのか、そして24年ぶり通算6度目の優勝はなるのか—-。
「9月の国際Aマッチデーにはアジアへ遠征し、日本、韓国と対戦する可能性が高い」という情報もある。
 欧州5大リーグを制覇し、欧州チャンピオンズ・リーグで5度優勝した名将が率いるセレソンの今後が、非常に楽しみだ。

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