小説=流氓=薄倖移民の痛恨歌=矢嶋健介 著=64

 と、我々の活動を理解することもなく、むしろ嘲けられると、こちらも売り言葉に買い言葉で、祖国存亡の危機も考えず、金儲けのみに専念するようでは、いまに天誅を加えられますよ、と余計なことを言ったりもした。
「何を脅かしやがるんだ」
 と、出刃包丁を振りまわす男もあった。こちらも若いから張りとばしてやりたくなるが、脇山さんから早まった行為は慎むよう指示されていたので、その都度我慢していた。しかし、双方からいつ爆発するか解らぬ情勢に明け暮れている。同行した仲間の一人は拳銃を携行したため監獄に連行された。俺の身にもいつ何が起こるかしれない。しかし、愛国の志士としてこの活動を続けるつもりだ。
 それではまた、元気でな。
 
律子君へ隆夫より
 
 今度の手紙には発信者の名前が記してあった。淋しがっているのか、荒れているのか、軌道を逸した内容なので、律子は返信をためらっていた。
 年が改まると、薄荷精製工場や、養蚕小屋の焼き打ち事件が各地に蔓延し、邦人社会が平常心を失いはじめていた。あれ以来、隆夫の手紙の内容を気にしていた律子は、隆夫が早まった行動に走っているのではないかと思うと、じっとしていられなくなった。
 
隆夫への手紙
 
 隆夫さん、その後どうなさっているの。前にくださったお手紙、とても気がかりです。最近、方々での養蚕小屋焼き打ちのニュースが伝わってくるので、隆夫さんたちの戒めの活動が、若しや、と心配でなりません。
 隆夫さんが属している《興道杜》の脇山甚作さんは、父の兄、伯父の知人です。奈良県のX師団を退役してブラジル移住を希望されたとき、私の伯父もブラジル行きを勧められたけれど、あんな頑固親父と一緒に行動できない、と断わったそうです。
 その関係で私たちが移住してから、父は脇山さんの挙動、殊に秘密結社創設の経緯を聞き知ってていたけど、何も言わなかった。私たちが戦争のなりゆきを訊くと、『日本は敗けないよ』とだけ言い、淋しい顔をするのが常でした。その表情の中に父の憂国の思いが秘められていたようです。

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