小説=流氓=薄倖移民の痛恨歌=矢嶋健介 著=6

 後で訊くと、ホテルの主人はこの革命をすごく気に病んでいて、物見高いお客を極度に戒めているとのことだった。
 
 不安な暑苦しい雑魚寝の一夜が明けた。革命に関するニュースはなかった。移民たちは昨夜通関していたので、早朝から奥地向けの駅舎へ集合した。総勢七百数十名がそれぞれのホテルや宿舎から駅へ集まり、列車に分乗し終ると十時近かった。
 煙ばかり吐いて速力の出ない汽車は、フランス風赤煉瓦の建物が並ぶ市街地をしばらく鈍行し、開拓すれば立派な田園となりそうな湿地帯を横切る。雑木林に混じって、野生でもあるかのように痩せたバナナ園が見え隠れする。まだらに濃緑のアボガドの樹木も見える。実が生っているのか遠目には定かでない。雑木林に覆われて軒の低い農家が見えてくる。屋根は町の赤瓦と異なり、反ったせんべいを上下に重ねたように葺いてある。素朴だがなかなか合理的だなと律子は珍しく眺めていた。
 平坦な湿地帯が過ぎると、地形は徐々に登り勾配が強まり、列車の速度は益々落ちてくる。標高ゼロの沿岸地帯から八百メートル登った平坦地でないと奥地へ通ずる道路はないのだという。
 突然、急ブレーキがかかって列車は停止した。
「けったいな汽車やな」
 律子は驚いて窓から顔を出した。弟の浩二も山の上を見上げている。他の人びとも窓から顔を出した。列車の乗客は総て日本移民である。
 線路は複線となっていて、両側に太いワイヤーが張られていた。列車は一輛ごとに分離され、それをワイヤーの先端に連結させるのだ。反対側のワイヤーが下降はじめると同時に、こちらの車輌は上昇しはじめる。つまり、危うげな登山列車に変身するわけである。律子は窓の手すりにしっかりつかまって、まるで自分が力を貸しているかのように歯を食いしばって前方を見つめていた。前途に多くのものが自分を待っていそうな憧れである。
 窓外の斜面を覆う樹木の形態には、様々なものが見られる。枝葉を存分に中天へ広げている巨木もあれば、その下でなかば枯れたのもある。野生ランなどに寄生され、苦し紛れに生きている老木も見える。萌え上がっている若木もある。それらの樹木の濃淡は生きとし生けるものの苦渋、闘争の模様でもあるかのように移民たちの眼に映った。
 
奥地へ
 
 一輌ずつ牽き上げられた列車は、高台のパラナピアカーバ駅に並べられ、そこで再びワゴン同士が連結されるのだ。全車輌の再編成が終るまで、緊張ずくめの半日を要した。

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