小説=流氓=薄倖移民の痛恨歌=矢嶋健介 著=5

 男たちはブラジルで通常使用する労働にも便利だというカーキ色の服をまとっていたが、仕立ての悪さか、体に馴染まぬのか、色一様の囚人の如しでこれも冴えない。しかし、そんなことにとやかく言えるほど彼らは余裕を持っていなかった。
 午後の日がコンクリートに照り返す埠頭で、汗を流している移民たちを迎えた世話役の明穂梅吉は、いつもの癖で一人一人を指名することなく、
「どうぞ、どうぞ」
 と口先ばかりの愛想を振りまいて税関へ一同を誘導する。税関は倉庫のように広く、一定の間隔をおいて、幾通りにも四〇センチの高さに木材の台が並んでいた。船から降ろされた移民の荷物は、この台周辺に運ばれるが、出まかせに放置されるので各自が、自分の荷物を探して一纏めにするのに混乱し、右往左往するのである。
 いつの間にか荷物の税関検査がはじまっている。移民たちは特に問題になるような品物は持っていないが、検査官は一個ずつ開梱するので、全ての検査が終ったのは夜の十時を廻っていた。
 荷物検査の間、ずっと姿を見せなかった明穂は、移民の宿を工面していたという。普通ならこのままサンパウロ市に移動して、移民収容所でブラジル第一夜を過ごす慣わしになっているが、収容所は革命軍に占拠されているので、急遽、サントス市内に仮分配されることとなったのだ。何しろ八百名に近い人員である。どの宿もホテルも寝台が間に合わず、サロンまで利用した雑魚寝を強いられた。
 田倉家に与えられたホテルは、駅に近い大通りに面した大きな建物で、入るとサロン兼食堂があり、たくさんの食卓と椅子が並んでいた。突き当たりはガラスをはめた等身大のドアがあって、開けるとベランダに出られる。ホテルは斜面に建ち、玄関は道路に面していたが、ベランダから街路が眼下に見下ろせた。古風な街灯が磨り減った石畳を鈍く照らしていた。
 左側の十字路に土嚢を高く積んだ一箇所が見え、銃を構えた十数人の革命軍兵士が駐屯していた。鉄兜が街頭に反射しているだけで顔は見えない。サン・セバスチョン港で《らぷらた丸》の運航を認可したのは政府軍だった筈だから、海域は制圧されているのかもしれない。だとしたら革命軍がこの港を防備しても不思議ではない。
 ベランダに立った律子は、参戦しているような興奮を覚えた。街路を見下ろしていると、ポルトガル系らしい太ったホテルの親父がすごい剣幕で何事かわめきながら、ベランダの移民たちを屋内に押し込んだ。

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