在住者レポート アルゼンチンは今(17)=オペラ歌手の千田栄子さん=世界でも希少な声種で活躍 相川知子

コロン劇場2024年オペラ第一弾『ナクソス島のアリアドネ』(4月17日)の主役アリアドネに扮する千田栄子さん(Crédito PRENSA TEATRO COLON/ARNALDO COLOMBAROLI)

 千田栄子さんは、現在ブラジルに住む日本出身のオペラ歌手です。ブエノスアイレスのコロン劇場、2024年度最初の演目『ナクソス島のアリアドネ』でソプラノ歌手としてアリアドネ役を好演。去る4月17日二幕目中歌い続けたお疲れが残る中、インタビューに応じていただきました。音楽の力で世界に貢献する使命を持つ素晴らしい芸術家です。音楽という魔法の世界に包まれた感動的な物語、決して平坦ではなかった人生を共有したいと思います。

幼少期からの音楽への情熱

 大阪で生まれ、尼崎で育った千田さんは、幼い頃から音楽に親しんでいました。ピアノ、フルート、そして歌の勉強を積み重ね、その才能が開花しました。実は3歳のときに病気で生死の境をさまよった際、天使のような存在から「歌を通して、音楽を通して世界に貢献しなさい」というメッセージを受けたという不思議な出来事が、音楽家としての道に進むきっかけとなりました。
 武庫川女子大学で学び、音楽教育者およびリリックのインタープリターの学位を取得しました。

リハーサル中(Crédito PRENSA TEATRO COLON/ARNALDO COLOMBAROLI)

国際的キャリアと波乱万丈な人生

 日本を出たのは1995年のことでした。ちょうど阪神・淡路大震災が1月17日に起こったときでした。このとき、なすすべがない状態でいる人々のために、自分も被災したにも関わらず、様々な避難所をめぐり、歌で人々を慰め、心を癒す活動を行いました。
 そのとき音楽の力とその重要性を実感したそうです。そしてその年、夫がブラジル人のため、ブラジルに渡航し、オペラ歌手として活動を始めました。そして、日本女性を主役にしたプッチーニのオペラで一世を風靡しました。
 一方で、夫は一度も定職に就くことがなかったため、離婚に至ることになりました。その際、日本人であるという理由でブラジル育ちの娘さん達の親権を得ることができませんでした。ウルグアイ人のオペラ歌手のフェデリコ氏と再婚したことをきっかけに、ブラジルに子どもを残し、拠点をウルグアイのモンテビデオに移すことになりました。
 2005年には息子さんに恵まれました。しかし、ブラジルに残した子供のため行ったり来たりで働きづめ。そのため日本の家族とは14年間、音信不通が続きました。姉の様子を案じた千田 訓子さんが海外に在住している家族との絆を結ぶ日本のテレビ番組『グッと!地球便』に応募し、番組を通じて2009年に14年ぶりの再会が実現し、日本の両親の前で歌うことができました。

夜のコロン劇場。ブエノスアイレスにいらっしゃったら是非コロン劇場に。日中は館内ツアーもありますし、夜にオペラやコンサート、バレエも素敵です

南米全体で名声を高めたオペラ歌手のこれから

 千田栄子さんは、南米全体でその名声を高めています。美しい繊細なソプラノの歌声で、パリのオペラ座、ミラノのスカラ座と並び世界三大劇場の一つと言われるブエノスアイレスのコロン劇場で主役として、招かれていることからも、その評価の高さがうかがえます。
 以下、一問一答インタビュー。

2023年3月、ポルトアレグレ・オーケストラ主催「女性の月のゲストで茶話会」(O bate-papo Orquestra Sinfônica de Porto Alegre)

Q: ウルグアイにお住まいでしたが、現在はブラジル在住ですか?
千田さん: はい、現在はブラジルに住んでいます。オペラ歌手としての活動を続けながら、リオ・グランデ・ド・スル州で『Companhia de Ópera do Rio Grande do Sul (CORS)』を同僚3名と一緒に立ち上げて2年になります。
Q: CORSとは何ですか。その活動内容について教えてください。
千田さん: CORSは、オペラ制作や公演を通じて地域の芸術活動を活性化させることを目指しています。年間にオペラ制作公演を6本行い、地元の若手アーティストも参加する機会を提供しています。まずはアーティストの仕事を増やすことが目標です。また、州の援助を得まして、サンペドロ劇場との協同制作活動でオペラスタジウムの責任者として若者たちの教育のために活動いたしております。

劇場ルックはこんな感じで、席を案内してくれる人にチップを渡すとプログラムがもらえます

Q: 今年の活動予定について教えていただけますか?
千田さん: 今年1月は道化師を、2月と3月は蝶々夫人をサンパウロで歌いました。そして3月はブエノスアイレスで4月のコロン劇場で『ナクソス島のアリアドネ』ですね。6月と7月はリオ・デ・ジャネイロ劇場で『トリチコのタバロと修道女アンジェリカ』の主演、8月はウルグアイでマーラーの『復活』を、その後いくつかのシンフォニーコンサート、スタリウム活動が年内いっぱいあります。そうそう、10月はベロ・オリゾンチにてナブッコを主演します。年末はポルト・アレグレでシュトラウスの記念コンサートでイゾルダの死とともにを歌わせていただきます。
Q: これまでもコロン劇場で何回か歌われましたね。いかがですか?
千田さん: コロン劇場は世界一ですね。素晴らしい舞台です。これまでにエレクトラ、ヴィオランタ、トスカ、マクベス、そして今回のアリアドネ、5度出演させてもらい光栄に思います。アルゼンチンはよい劇場が多く、メンドーサ、ロサリオ、バイアブランカ、ラ・プラタで歌わせていただきました
Q: 南米で活動をしていてどうですか。何か難しいことや楽しいことなどエピソードがあれば教えてください。
千田さん:全て楽しいです。好きなことをさせていたいだいておりますから、もう感謝の毎日です。嫌なことは、ときどき人種差別にあうことです。友達だと思っていた人に「あなたは日本人だから白人の役は向いていない」なんて言われてびっくりすることがありました。でもそれもだいぶ減ってきました。

上から2列目1番端が千田栄子さん

Q: 最後に、今後の展望についてお聞かせください。
千田さん: 私は、音楽を通じて世界に貢献し続けたいと考えています。
     ☆
 お言葉通り、千田さんは2022年、日本とウルグアイの友好親善促進に貢献したことで、外務大臣表彰を受けました。コロナ禍でも自宅で文化活動を続け、人々を励ましてきました。ウルグアイでも、ブラジルでも慈善活動、そしてまた指導者としても素晴らしく、ブラジルのTED( https://www.ted.com/talks/eiko_senda_musica_vida_consciencia)にも出演しています。
 今回教えて頂いたのは、千田さんの声はソプラノの中でもソプラノドラマチックスピンと言われる世界でも希少な声種であり、それがコロン劇場をはじめ南米の各地での好演や音楽活動に招聘される所以だということです。私はコロン劇場がブエノスアイレスで一番好きな場所で、単に通っているだけなのですが、千田さんのお声を聞いたとき心のそこから精神が洗われる気がして、非日常を感じます。即ち、毎日の忙しい日々からふと離れた、爽快な気分になります。
 指導者としても素晴らしい先生であるのは、ぜひ、ブラジルTEDのビデオによる「音楽、人生、意識」という短い講演をご視聴されるとよくおわかりになるでしょう。百聞は一見にしかず。ブラジルのみなさんは一番近いので是非、千田栄子さんを聴きに行ってみて下さい。
(ブエノスアイレス 相川知子 4月18日記)
※注=コロン劇場のHP映像に栄子さん演ずるアリアドネが見られます(
https://teatrocolon.org.ar/
TED(Technology Entertainment Design)は世界中の著名人によるさまざまな講演会を開催・配信している非営利団体(https://www.ted.com/talks/eiko_senda_musica_vida_consciencia

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