在住者レポート アルゼンチンは今=ミレイ大統領に日系社会からも期待の声=副大統領は日本語で挨拶のサプライズ 相川知子

「心からこの政府の成功を祈ります」

 「この大きく、何につけても恵まれている国のふつつかな政治のため、長年国の人を困らせ、とうとうどん底まで落としました。この新大統領は今までのしきたりの党でないところから出てきたので、とても希望を感じます。でも反対派がとても強いので、良い政治をとろうと良い考えでも、この反対派のアルゼンチン人性質(政府が保護金くれるなら働かない等、等)でとても難しいと思います。心からこの政府の成功を祈ります」(句読点だけ入れ日本語は原文のまま)
 ハビエル・ミレイ氏が新大統領に就任した去る12月10日、ある1世の感想だ。山も谷も乗り越えた表現ではないかと思う。戦後家族移住し、在アルゼンチン70年以上で現在80代だという。
 アルゼンチン生まれ2世、退職したばかり60代女性も語ってくれた。
 「政権が変わったことに満足しています。これからもっと人々に仕事を与え、教育、治安そして特に医療関係者が報われる世の中にしてほしいです。もちろん経済全体も回復を願いします」
 続いて答えてくれたのは有権者最年少の16歳の3世の高校生だ。
 「新しい世代、私のような若い人達はこのような変化を求めています。断絶は続くようですが。ちょうど選挙に参加できる年になり、心から幸せに思います。できるだけ、いろいろな方面から情報を得て、理解しようと努めました。前政権がもたらした治安の状態に今のようにおびえて過ごすことはとても残念です。アルゼンチンが立ち上がり、(世界の)新しい力となることを期待します」
 この3名は、世代は違うとはいえ、首都ブエノスアイレス市に在住している。一方で、アルゼンチン北部在住3世の40代男性からの感想は、次のようなものだった。
 「アルゼンチンが民主主義を40年間貫いてきたのは、非常に重要なことである。新しい政権の改革案に同意できないことは多い。しかしながら、日本との関係は深まりそうな気配なので、特にアルゼンチン日系社会にとっても大きな恩恵だと思われます。長い長い困難な日々が続くだろう。しかし今までの経済危機があったのだから、これを乗り越えるには必要であり、また信頼を得るにも十分な時間が必要だと思われます」
 以上、アルゼンチン日系社会の声をまとめてみた。

「経済政策発表前に買い物すませよう!」

 その一方で日本にゆかりの深い広島大学経済博士アルゲロ氏は新大統領就任演説を以下のように定義した。
 「初めて経済専門の大統領が誕生した。国会での就任演説では、現在のアルゼンチンの状況の経済的視点から診断を持って改革すべき点を指摘し、将来の見通しを具体的な数値などのデータと強固な理論を持って説明しました。確固たる信念を持って進むことでしょう」(https://twitter.com/liarguero/status/1733880893863817527
 データだけではなく、フリオ・アルヘンティーノ・ロカ大統領(1898―1904)の言葉「人間の自由と人々の繁栄には、偉大で安定したものは何も征服されない。最高の努力と痛みを伴う犠牲なしには成し遂げられない」を引用し、さらに教育の父と呼ばれるサルミエント大統領(1868―1874)が「もしサルミエントが起き上がって、今の教育の状態を見たら(どんなことになるか)」に言及した。
 歴史を重んじ、アルゼンチンの原点を振り返った素晴らしい就任演説だったと考える。
 アルゼンチンの現状では「過激な」大統領が必要だったのはこういう意味であったかもしれない。
 一方でうちの長女(アルゼンチン生まれ、22歳大学院生)は新しいバッグを買いたいとインターネットでセールのチェックをしながら、「明日から経済政策発表で、値上げするから、早く買い物をしよう!」と、アルゼンチン経済をしっかり把握している。
(アルゼンチン首都ブエノスアイレス 12月13日記 相川知子)

ミレイ大統領に挨拶する山東特派大使(https://twitter.com/VickyVillarruel/status/1733926812864917688/photo/2)

日本語で挨拶した副大統領=「2年ほど日本語を学んだ」

 アルゼンチン大統領の就任を機にハビエル・ミレイ氏の話で、どこのメディアの誌面も埋まっているが、実は副大統領も負けてはいない。
 副大統領ビクトリア・ビジャルエル氏は、大統領府にて日本政府からの祝意を伝達する特派大使の山東昭子氏を前に日本語で挨拶をし、嬉しいサプライズであった。日本大使館のSNS(https://www.instagram.com/p/C0tsfD7PYDQ/)によると、「副大統領からは日本語でご挨拶いただきました。新政権との間でアルゼンチンと日本の新たな友好関係のスタートが切られました」と説明し、ビデオを掲載したのが大きな話題となり、SNS上でバズり、その記事はラナシオン新聞(https://www.lanacion.com.ar/politica/el-saludo-en-japones-de-victoria-villarruel-que-se-volvio-viral-nid11122023/)をはじめ、各社が報じた。
 ビデオによると、最初の音声はほぼ聞えないが、ビジャルエル氏が日本語であいさつすると、赤いスーツ姿の山東氏と後ろの在アルゼンチン特命全権大使山内弘志氏が驚く表情を見せた後、続けて「2年ほど日本語を学んだことがあり、今では忘れてしまったことも多いが」と英語で説明し、最後に「私の誕生日は4月13日です」とはっきりした日本語でしめくくった。
 日本大使館のXではビデオは再生回数1・1M回に、いいねは20万、3千回リツイート、インスタグラムはいいねが7060つき、コメントは376に上る。(https://twitter.com/JapanEmb_Arg/status/1734197991567704307 https://www.instagram.com/p/C0tsfD7PYDQ/ https://www.facebook.com/Emb.jp.ar/videos/1032777831267632
 当方には「本当に日本語で話したんですか。どんな会話をしたのか教えて」と問い合わせの連絡が入ってきた。中には「話せないでしょ、覚えたフレーズを言っただけではないですか」と少し「イジワル」なコメントもあった。なお、照会すると、ビクトリア・ビジャルエル副大統領の誕生日は確かに4月13日であった。

ミレイ大統領の右にいる白いスーツ姿がビクトリア・ビジャルエル副大統領(同)。アルゼンチンでは白は何よりも自由の象徴である

 そのため、「コミュニケーションが非常に円滑に行われた。そして山東特派大使にも日本大使にも好感を与え、大変よい雰囲気となった。もちろん、山東大使もFELICITACIONES(おめでとうございます)とスペイン語で挨拶をしたのを忘れてはならない。政治的な対話を行った訳ではなく、公式表敬挨拶の会話は非常によく成立し、125年の歴史を育むアルゼンチンと日本の関係をインスタグラム・スペイン語版の文字通り『両国間関係の新たな一ページ』を飾る出来事となった。」と説明した。
 今後この関係がさらに続き発展することを願ってやまない。
(アルゼンチン、ブエノスアイレス 相川知子 12月13日記)

■アルゼンチン点描■

【初めて国民の前で行われた就任演説】

就任演説の様子

 アルゼンチン国会議事堂前において、国民の前で就任演説を行うのは今までにないことであった(普通は国会内で就任だけ)。そして、次のような言葉が語られた。
《長い退廃の日々は一夜にして回復はできない。
 ある日決心し行動を起こさなければならない。
 今日がその日だ。
 私達には人材がある、創造力がある、なにより、底力がある。そして、自由だ。
 国は人々を自由にしない、犠牲を払い、働く人達に払う、それだけだ。道を遮断する人には払わない》
《今日、アルゼンチンの新しい時代が始まる。私達の能力にかけよう、負の遺産は大きい、しばらくは調整と多くの犠牲を伴う。
 自由のために。
 そして皆さんがこの嘘で固められた心地よい状態から出て自由を勝ち取ることを選んだのだから》(https://twitter.com/tomokoargentina/status/1733875804575084681

【外相が大統領演説をXに直接投稿する時代に】

モンディノ外務大臣のX

 ディアナ・モンディノ外務大臣のX(https://twitter.com/DianaMondino/status/1733917540944957597)では、大統領府で演説するアルゼンチン新大統領の横で録画して、そのままXに投稿していた。外務大臣が自分で大統領の姿をXに載せる時代に。国民の多くがインターネットで就任式を視聴した。

 

 

 

 

 

 

【OECD入りは間近か?】

OECD加盟手続き再開きについて報じるXの投稿

 アルゼンチンのディアナ・モンディノ新外務大臣は、同国のOECD(経済協力開発機構)への加盟手続き再開を発表し、「明日にも加盟してもおかしくない」とも。2016年、当時のアルゼンチン大統領マウリシオ・マクリはOECD加盟に関心があると伝え、正式な招待が2022年1月に行われた。だが、アルベルト・フェルナンデス前大統領によって、無視されていた。(https://twitter.com/agusantonetti/status/1733878107671503013

 

 

 

 

 

 

【今までと違うアルゼンチン、支援者が自主的にゴミ掃除】

ゴミ掃除について報じるXの投稿

 国会議事堂前でミレイ新大統領が演説した後、祝賀に使用した花火や紙吹雪のごみで散らかった広場の清掃を、支援者が自主的に始めた。「自発的です。散らかして行くのじゃ動物と一緒、人間ですからね」「これからアルゼンチンは変わりますよ。今までとは違うアルゼンチンを見ていてくださいね」かつてのアルゼンチンでは見られなかった光景として話題に。(https://twitter.com/todonoticias/status/1733903898438516803

【筆者略歴】相川知子。広島出身。JICA海外開発青年として1991~4年にアルゼンチンの首都ブエノスアイレスにある在亜日本語教育連合会(教連)で活動。その後、同国に定住し、スペイン語通訳、翻訳、教師、食品ロジスティックアドバイザー、テレビ撮影コーディネーター、ライター業などに従事。現在は「アルゼンチンをはじめラテンアメリカの人々の素顔を日本に紹介をすること」をライフワークとし、自身の運営するブログ『主観的アルゼンチン・ブエノスアイレス事情ブログ』(http://blog.livedoor.jp/tomokoar/)にて情報発信を行っている。

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