ブラジルの大学受験=長野育ちの日系4世の挑戦(4)=予備校での勉強漬けの日々

予備校の参考書の山

 予備校に通い始めたばかりの頃は、初めて体験するポルトガル語での授業に慣れるだけで多くのエネルギーを使った。事前に語学教室に通い、基礎的なポルトガル語は身につけていたものの、授業で使う単語には分からないものも多く、第1セメスター(前期)を受講している間は、頻繁に起きる頭痛に悩まされた。
 授業のある平日は午前中は家で勉強し、昼食を済ませた後、授業が始まる午後7時まで予備校の自習室に籠った。授業は午後10時45分まで行われ、3時間ごとに20分の休憩が挟まれる。最初の授業の内容は、日本の中学校で習うレベルのものだった。
 授業の無い週末は、土曜日の午後に模試を受け、日曜日は休日にした。
 半年後の第2セメスター(後期)になると、ポルトガル語の語彙もかなり増え、内容の薄い夜間コースの参考書なら難なく読めるようになった。それからは予備校に入る前に知人から貰った医学部コースの参考書を使って自習するようになった。実際のところ内容にあまり差はなかったが、生物分野だけは詳しく、参考になった。
 日本の高校で既に勉強した内容の授業には出席せず、自習室で苦手科目を勉強するようにした。2次試験科目の中で苦手な地理と歴史の授業には積極的に出席した。気づけば頭痛も起きなくなっていた。
 試験本番が近づくにつれ緊張感が増し、なかなか寝付けない日々が続いた。最後の1カ月は自分を勇気づけながら、残った気力を振り絞って勉強に励んだ。
 ブラジルに着いたばかりの頃の自分と比べると、ポルトガル語と精神面はかなり成長したように思う。予備校に通った1年間は受験知識だけではない、様々なことを学ぶ良い経験となった。
 次に予備校に存在する「変なしきたり」を紹介したい。私の通っていた予備校では、先生が授業で説明している言葉の中に、他の予備校名が単語としてたまたま入っていると、すかさず生徒たちは一斉に「燃やせ!」(Queima!)と応えるように叫び、自校の名前の単語が入っていたら「吸え!」(Chupa!)と返すしきたりがあった。
 予備校名ETAPAには「ステップ」や「段階」という意味があり、授業でも頻繁に使われる単語であるため、毎日必ず一回以上は「Chupa!」と叫んでいた。
 このやりとりにどんな意味が込められているのか、周囲の生徒に聞いてみたが、しっかりと説明できる者はいなかった。皆意味も分からず、ただ習慣として叫んでいるということだ。「Chupa!」については英語のスラングで相手を侮蔑する「Sack my dick」から来ているのではと考察する者もいたが、感覚的には違う気がした。
 ほかにも「どれ」(Quais)と言われたら、裏声で「どれ」と返す。先生が気に入らない事を言った場合には「シシー」(意味不明)と言って反発を示すというものもあった。どれも最初は何が面白いのかさっぱりわからず無視していた。
 しかし、第1セメスターが終わるころには「燃やせ!」「吸え!」「どれ(裏声)」「シシー(意味不明)」と叫んでいる自分がいた。思えばため込んでいた受験勉強のストレスが、その言葉を全員で一緒に叫ぶことで、少なからず発散されていた気がする。
 日常の憂さを晴らしに贔屓のサッカーチームの応援に通うファンの心理にも通じるものがありそうだ。謎のしきたり――そしてそれをいつの間にか受け入れていた自分…。ブラジルの日常には、学ぶべきことがまだまだ多い。(松永エリケさん、続く)

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