小説=流氓=薄倖移民の痛恨歌=矢嶋健介 著=85

隆夫の手紙
 
 律子君へ
 また永いことご無沙汰してしまったが、元気かね。以前君から貰った手紙は、俺のお守りとして肌身離さず持ち歩いている。君は神経の行き届いたすばらしい女性だ。君が側にいてくれたら、俺はこんな境遇に落ちていなかっただろう。君に敬遠された反動で、こんなことになってしまった……
 と言うのは今俺は、君の知っている山路達夫と臣道連盟に加盟し、一人の敗戦論者を襲った咎で警官に捕まった。そこからサンパウロの留置所に送られた。何日か後に他の二〇数名の戦勝組と一緒にアングラ・ドス・レイス市に連行され、さらに二、三日後、その町の港から小型ボートで、このアンシェッタ島に隔離された。島流しだ。島には百六〇名の囚人がいる。全員が日本人で日本の勝利を信じて疑わぬ人びとだ。幹部級の人もいれば、敗戦論者を狙った特攻隊員もいる。俺のように半端な者もいる。個性の強い連中も多くいるので、彼らの負け惜しみ、抱負、解放後の仇討ち計画などなど聞いていて実に面白い。
 俺は最近暇をもて余して、彼らの言い分を分析している。日本の敗戦を諭す人びとは町の有力者、何々組長、会長、商人、仲買商といった自称インテリ層が多く、農民は少し見下げられる傾向にあった。しかし、農民も愚かではない。農産物を安く叩かれたり、秤目をごまかされたりすると、何らかの腹癒せをやりたかった。そういう雰囲気をもっていた。そこへ日本が戦争に負けていないというニュースが流れ出し、それ見たか、日本は勝ったんだ。お前らの言い分は間違っていたんだ。と、わけもなく敗戦組を蔑んだ。
 負組は負組で無知な連中のバカ騒ぎは見ていられぬと、警察の力を借りて弾圧しようとしたものだから、争いはますます泥試合化した。そこで暗殺沙汰にまで展開してしまったのだ。俺は、島流しに遭って、世間をこれだけ客観視できるようになったことは、自分も多少の進歩はあったと思うが、世間を騒がせた罰は受けるつもりだ。俺はこれだけの男でしかない。が、常に自分に正直であったという自負はある。また、いつの日にか、きっと逢えると信じている。
 ご自愛のほどを
隆夫より

最新記事