小説=流氓=薄倖移民の痛恨歌=矢嶋健介 著=81

戦争勝組
 
 その時、表の玄関から、賑やかな男たちの声が聞こえてきた。
「昨日は所用で町へ行き、昼食を松原食堂で食べた。そこには三〇名ちかい人びとが集まって杯を傾けていた。聞くところでは、先日のブラジルの新聞に載っていたミズリー艦上での調印の写真は、アメリカ側の降伏だった、と言うんだ。何故なら、あの写真のアメリカ兵は何一つ武器を持っていなかった。が、日本軍は軍服にちゃんと帯刀していた。艦尾の旗は写っていないが日本の戦艦に違いない、と言うんだ。泣き悔やんでいる同胞にこの喜びを一刻も早く伝えたい。彼らの刷ったニュースを鷲掴みにして帰ってきたんだ。俺もほっとしたよ。これから植民地の皆さんに配りたいから手伝ってくれ。皆さんに早く立ち直ってもらいたいんだ」
 山路達夫の興奮した声である。
「えらいはしゃいでるが、そのニュースはどこから入ったんだ」
 運送屋の有村が訊いた。
「何でも、リオ・デ・ジャネイロの赤十字社からだそうだ。とにかくだな、神であらせられる天皇が直接国民へラジオ放送するなんてことありえないし、日本の海軍がどこでやられたという詳報もないのに、日本がおめおめと負ける筈がないじゃないか。そう思わないか」
「大本営発表では負けてなかったが、実際にはやられていたんだ。我々は日本語新聞発行も禁止され、つんぼ桟敷におかれていたんだ。ブラジル新聞は敵性国のもので信ずるに価しないと思い込んでいたものな。しかしだよ、冷静に考えてみるがいい。兵器・物資ともにまさる英米を敵に廻すだけでも狂気の沙汰なのに、最後にはソ連の参戦があった。これで、日本は致命的だと思ったよ」
 有村は、語気も強く反論した。
「敗戦論者は、売国奴とか国賊とさえ呼ばれているんだぜ。早急に成敗すべきだとの声が方々にあがっている。有村、もっと慎重になれよ」
「何を言う、君こそ軽率に過ぎないか」
「俺はもう慎重派を信じない。賛成できなけりゃそれでもいい。ニュースは俺一人で配ろう」

最新記事