在住者レポート=3月20日=サイクロン・ヤクに非常事態宣言=社会紛争に続き洪水被害=ペルー経済に深い傷跡残る

抗議活動での道路封鎖の様子(2月1日RPP報道局より)

激化した抗議活動で始まった2023年

 2022年12月7日、ペドロ・カスティージョ前大統領による自己クーデターが失敗した。国会では同日、弾劾決議案が可決され、当時副大統領だったディナ・ボルアルテ氏が大統領に就任し、国際的にも大きなニュースとなった。
 その後、カスティージョ前大統領支持派は国会の閉鎖を要求し、急進左派政党と距離を置くボルアルテ大統領の辞任と総選挙の2023年前倒し実施を求め、抗議活動を展開した。
 2023年に入り、抗議活動はさらに激化した。経済発展の恩恵から取り残されてきた歴史的背景を持つペルー南部プノ県やアプリマック県などでその傾向は顕著で、抗議活動参加者と警察官との衝突が多発。抗議活動での死亡者数は約60人に達した。地方空港や国立大学の占拠、100ヵ所を超える地点で道路封鎖も行われた。
 政府は事態を収拾するため、ペルー南部各県やリマ首都圏、カヤオなどに治安対策のため、60日間の非常事態宣言を発し、抗議活動が激化していた地域には夜間外出禁止令までも適用した。
 2月後半には抗議活動はほぼ沈静化したものの、社会紛争がペルー経済に及ぼした影響は大きかった。
 国立統計情報庁(INEI)は「ペルーの2023年1月の国内総生産は1・12%減少し、22ヵ月ぶりのマイナス成長となった」と発表。
 ホテル・レストラン関連協会(Ahora)のセルヒオ・リバス会長は1月23日に「2023年の第1四半期には抗議活動の影響から国外からの観光客の100%、国内からの観光客の30%が予約をキャンセルしている。これにより観光業に直接的に関係している200万人以上のペルー人が職を失う可能性がある」とRPP報道局のインタビューに語るなど、抗議活動はペルー経済に深い傷跡を残した。

サイクロン・ヤクの発生

 ペルー人口の60%が住む海岸地方には、冷涼海岸砂漠気候の特徴が強く出ている。首都リマの年間降水量はわずか10ミリメートルほど。1年の大部分で完全に干上がっている川も多い。
 一方で、アンデス山岳地方は2月から3月にかけて雨季になり、多くの雨が降る。この雨が下流の海岸地方の川にも流れ込み、同地方に水の恵みをもたらしている。
 アンデスの水の恵みと1990年代から長期間にわたって行われてきた新自由主義的な堅実型経済運営により、ペルーはアスパラガスや生ぶどう、ブルーベリー、アボカドなどの農産物輸出額が世界の上位を占めるほどに農業が発展した。
 そうした中、ペルーを悩ませているものがある。「エル・ニーニョ現象」だ。エル・ニーニョ現象は太平洋赤道域の日付変更線付近から南米沿岸にかけて海面水温が平年より高くなる現象のことをいう。
 エル・ニーニョ現象が発生するたびに、アンデス山岳地方の雨季に豪雨が起き、各地で鉄砲水や洪水の被害を招いている。
 今年3月、海面水温が低くなる「ラ・ニーニャ現象」の終息が報じられ、エル・ニーニョ現象発生の予報がもたらされた。
 ペルーのセナミ気象庁は8日、「ペルー沿岸に異常な規模のサイクロン・ヤクが出現し、ペルー北部の沿岸とアンデス山岳地方で中程度から極度に強い降雨を発生させる」と報じた。
 サイクロンとは、熱帯低気圧の類型呼称の一つで、竜巻など猛烈な嵐を伴う非常に危険な気象現象を指す。「ヤク」という名称は、ペルー北部に影響を及ぼすサイクロン全般に対して、セナミ気象庁の専門家がつけた名前だ。ケチュア語の「水」に由来している。サイクロン・ヤクの発生は40年ぶりだという。
 サイクロン・ヤクは予報通りペルー北部沿岸に到達し、集中豪雨をもたらした。ピウラ県ピウラ郡ラス・ロマス町では3月8日に、1日あたり159・5mmの降水量を記録した。この集中豪雨により、ペルー北部では大雨と川の氾濫による大混乱が生じている。
 3月19日、国家災害庁は「2023年1月から3月18日までの間に大雨により65名が死亡、128名が負傷、9423名が被災、6万5000人が何らかの影響を受けた」と発表した。 ペルー政府はサイクロン・ヤクによる降雨被害に対応するため、3月13日から60日間の非常事態宣言を発出した。
 サイクロン・ヤクによる経済的損失に関してラウル・ペレス・レジェス生産大臣は3月16日、「ペルーの国内総生産の0・1%に相当する」と発表している。
 国立エル・ニーニョ現象研究所(ENFEN)多部門委員会技術チームは「3~5月にも弱いエル・ニーニョ現象が発生する可能性がある。ペルー北部、中部、アンデス山岳地方の一部においては4、5月も降雨が続くだろう」と発表した。
 サイクロン・ヤクが遠ざかったとしても、弱いエル・ニーニョ現象の発生により、今後も大雨が続く可能性がある。
 アレックス・コントレラス経済財政大臣は3月18日、「エル・ニーニョ現象が再び発生した場合、ペルー経済への影響は最大で国内総生産の1~2%になるだろう」と発表しており、依然、予断を許さない状況が続いている。

筆者略歴

 都丸大輔。青森県生まれ東京都育ち、将棋三段、日本語教育能力試験合格。日本では教育委員会の嘱託職員として外国人児童の日本語教育、学校生活の支援に取り組むとともに、スペイン語圏話者向けの個人レッスン専門の日本語教師、スペイン語通訳に従事。2012年からペルーに定住し、個人レッスンを中心とした日本語教育に携わりながら、ペルーにおける将棋普及活動に取り組む。2017年からはペルー日系社会のためのスペイン語と日本語の2カ国語の新聞を発行するペルー新報社(https://www.perushimpo.com/)の日本語編集部編集長に就任。2021年からはねこまど将棋教室の将棋講師として、オンラインでの将棋の普及活動にも取り組んでいる

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