《特別寄稿》すみやかに在外国民審査制度創設を=最高裁史上11番目の法令違憲判決=愛知県在住 弁護士 永井康之

ことのはじまりはサンパウロでの在外投票から

2014年、サンパウロの在外公館投票の様子

 最高裁大法廷は、2022年5月25日、15人の裁判官全員一致で在外国民に審査権の行使を認めない現行の国民審査法が憲法に違反していると判断した。翌日の主要各紙朝刊はこのニュースを1面トップ記事で扱った。
 ことのはじまりは2017年の第48回衆議院総選挙である。私は2015年4月から2019年7月まで、CIATE(国外就労者情報援護センター)の専務理事としてサンパウロにいた。2017年の選挙は在サンパウロ日本国総領事館で投票した。
 投票を終えてすぐに国民審査がないことに気がつき、憲法違反だと思った。これをSNSに投稿したのをきっかけに、当時アメリカ合衆国で暮らしていた谷口太規(もとき)弁護士と共に原告となって、東京で活躍する吉田京子弁護士を代理人とし、憲法訴訟を提起することにした。
 ブラジルからは私のほか、一時帰国中に日本の投票所で衆院選の投票をした平野司(つかさ)さんと、もう1人の友人の合計3人が原告となった。在外国民が日本の投票所まで行っても国民審査に参加できないという事実には強烈な違和感を覚えた。
 また、アメリカからは谷口弁護士のほか、映画監督の想田和弘(そうだかずひろ)さんが原告となった。代理人には吉田弁護士のほか、塩川泰子弁護士、小川直樹弁護士、井桁大介(いげただいすけ)弁護士も就任し、強力な弁護団が結成された。谷口弁護士は提訴前に日本に帰国し、提訴時から代理人に名を連ねた。私は控訴審の途中で帰国し、その後に代理人に加わった。
 今回の最高裁大法廷判決は日本の最高裁の歴史上11番目の法令違憲判決―すなわち法律が憲法に違反するという判決―にあたる。1946年に日本国憲法が制定され、最高裁に違憲立法審査権が与えられてから、法令違憲判決はこれまで10件しか存在しなかった。
 本判決は、控訴審が棄却した国家賠償を認容し、国家賠償による救済の門戸を押し広げた。また、違法確認という訴訟類型を最高裁が認容した最初の事例である。
 これによって、立法に対する憲法的統制を強めた2005年在外国民選挙権訴訟大法廷判決以降の流れが決定的なものとなった。今回の判決が実務に与える影響は極めて大きい。その意味で、今後の日本の憲法訴訟の中で繰り返し引用されるに違いない歴史的判決である。
 訴訟の中で国は、国民審査は民主政の過程に不可欠の制度ではなく、選挙権に比べて重要性が劣ると主張した。これに対して私たちは、国民審査は司法権を民主的に統制し、司法制度の民主的正当性を確保する重要な制度で、選挙権と同様の重要性をもつと主張してきた。
 裁判所も第1審以来一貫して私たちの主張を認め、大法廷判決は、審査権は国民主権の原理に基づいて憲法に明記された主権者の権能の一内容である点において選挙権と同様の性質を有し、憲法は選挙権と同様に国民に対して審査権を行使する機会を平等に保障していると判示した。

最高裁裁判官の任命を民主的に統制する制度―ブラジルとの比較

 国民審査は他国に例の乏しい制度であると指摘される。しかし、現実には多くの国に最高裁裁判官の任命を民主的に統制する制度が存在する。例えばブラジル憲法は連邦最高裁裁判官について、連邦上院の承認を得て大統領が任命すると定めている。
 日本国憲法の制定過程においても、国民審査か、国会の承認かが問題となって、国民審査が選ばれた。国民審査はブラジルにおける連邦上院の承認と同じく、内閣による最高裁裁判官の任命に一定の制約をかけている。
 国民審査は、これまでに1度も裁判官が罷免されていない無駄な制度だと批判される。ブラジルにおいても上院が大統領による裁判官の任命を拒絶した経験は少ない。そのため上院の承認権は形式的なものに過ぎないとの指摘がある。
 しかし、罷免や任命の拒絶が乏しい理由は、むしろ任命自体が謙抑的になされていることに理由がある。国民審査を行なう際に裁判官の名前になじみがないように感じる理由のひとつは、国民の間に大きな議論を巻き起こすほど恣意的な任命がなされていないことだ。謙抑的な任命がなされているのは国民審査という民主的統制が存在するためで、罷免がないから制度を廃止すべきというのは暴論に過ぎる。
 2022年4月20日の最高裁大法廷における弁論で、吉田弁護士は「15名の最高裁判事の皆様。皆様に、私は今日、まず申し上げなければならないことがあります。それは、今ここにいる皆さんは、国民の正式な信任を得ていないということです。誰一人として、憲法の定めるとおりの任命手続を経ていません。海外に暮らす人たちが、皆さんの任命について、それが正しかったかどうかについて判断し、意思表示する、国民審査の投票をしていないからです」と口火を切った。
 これに答え、今回の大法廷判決で、最高裁の裁判官たちは自らの襟を正した。今度は我々国民が司法のあり方に注目し、毎回の国民審査の機会にいっそう適正な審査を行なうべく努めるときだ。
 日本の裁判所法第75条は評議の秘密を定めている。しかし、第11条は最高裁を評議の秘密の例外とし、裁判書に各裁判官の意見を表示しなければならないとする。その趣旨は判決に対する最高裁の各裁判官の意見を国民審査の資料とすることにある。2021年に行われた前回の国民審査で、夫婦別姓に関する判決に対する各裁判官の意見が注目を集め、投票行動に影響を及ぼしたことは、まさに制度の趣旨に適う。
 ブラジルでは2002年に連邦最高裁長官が多くの反対を押し切ってTV Justicaを創設し、連邦最高裁での議論を広くテレビで放送するようにした。全国で放送され、論評されるようになって、評議の内容は充実した。裁判官が公の場で発言することも増え、裁判官の顔が国民に見えるようになった。ブラジルにおけるこの改革は、裁判官の顔が見えにくい日本にとっても参考になるはずだ。
 最高裁判決を受けて、在外国民にとって投票しやすい在外国民審査制度を、国会がすみやかに創設するよう期待したい。

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