在住者レポート=アルゼンチンは今3=相川知子=1万5千人が訪れる盆踊り大会=コロナ3波で今年も断念=再開待ちわびる人々の声

2020年に開催されたサルミエント盆踊り大会の様子。演歌やきよしのズンドコ節、ジンギスカン、あられちゃん音頭などリズミカルな曲が人気。東京五輪音頭も披露された(撮影:入江パブロさん)

 連日10万人以上の新規感染者が出るなどコロナ第三波の猛威にさらされているアルゼンチンでは、予定されていたイベントや行事が中止を余儀なくされている。開催側の判断によるものも多いが、スタッフが新型コロナウイルスに感染、もしくは濃厚接触者になり、運営が出来なくなって中止になる例もある。
 アルゼンチン日系社会では、2022年の盆踊り大会を2021年に続き、参加者の安全と健康のため早くも半年前から中止の決断をしていた。
 1月と言えば、南半球のアルゼンチンは夏。アルゼンチン日系社会はお正月の準備よりも盆踊りの準備に忙しいのが通常である。

浴衣姿でラプラタ盆踊り大会を楽しむイサベル・カフィエロ先生(右から二人目)

 南はラプラタ盆踊り、北西はサルミエント盆踊りがある。ラプラタ盆踊りは2008年にブエノスアイレス州ラプラタ郡文化遺産として認定され、バスも夜行運行増便が取られるなど地域社会が後援し、来場者は1万5千人以上に上る。同じくホセ・セ・パス市のサルミエント盆踊りも5千人以上が参加する。
 アルゼンチン全土の日系人は5万人ほどであり、盆踊りはアルゼンチン社会と日系社会の接点となる一大イベントだ。首都ブエノスアイレス市以外の地方では大規模イベントは珍しいので地元の人たちに喜ばれている。
 サルミエント日本人会の高齢者活動を指揮する渋川ミルタさんは「盆踊りの準備には半年かかるんですよね。2020年は大成功だったので、『毎月やってください』とアルゼンチン人からたくさんのメッセージが寄せられました。中止を決めた7、8月頃は冬で、コロナもまだまだ大変でした。実を言うと、11月になって少し感染が収まってきた頃、いろいろなイベントが再開される様になって『盆踊りもやれるのではないか』との声も上がっていました。もしあの時開催を決定していたら今ごろ大変なことになっていたでしょう。今は忘年会や新年会でも、少人数しか集まれず、皆に会えなくて寂しい思いをしている高齢者も沢山います。それでも、感染拡大を招くような不特定多数の人が参加する大規模なイベントは中止にしておいて本当によかったです」と胸をなでおろした。
 「BON ODORI」は日本語や日本文化愛好者には必須の語彙である。そしてそれはもはや、一部の地域社会にすっかりと溶け込んでしまっている。私などは偶然入った商店で「今年はボノドリをやらないのか」と尋ねられたことがある。

渋川ミルタさんの母、内藤喜美子マリアさん(1920~2020年)が2020年サルミエント盆踊り大会を楽しむ姿。喜美子さんはサルミエント日本人会最高齢者であったが20年4月26日に99歳で逝去。コロナ禍でお別れができなかったと悔やむ人が多かった

 日本人や日系人社会と特別繋がりを持たないブエノスアイレス市内ベルグラーノ地区在住のアントニオ・クエジョさんと話した際には、「ラプラタに親戚がいて、彼らが『夏の日本人コミュニティのダンスパーティーに毎年行っている』というので数年前親戚訪問がてら参加してみました。それからもう虜です。シャキトリ(Yakitori 焼き鳥)とビールはもう最高ですね。太鼓のショーは迫力があってリズムが大好きになりました。コロナが終わったらまたBONODORI(発音がボノドリ)に行きたい」とその感想を語ってくれたこともある。
 ラプラタ地域の日系社会について研究する社会学研究者のイサベル・カフィエロ先生(現在は中学で歴史の教鞭をとる)によれば、この地域で最初に開催された盆踊りは「1965年、新田さんの農場で運動会の時にやぐらを作り、浴衣を着て踊ったもの」だという。

イサベル・カフィエロ(Isabel Cafiero)著『Algunas Voces, mucha tradición』の表紙

 カフィエロ先生は自身の研究書『Algunas Voces, mucha tradición』(人々の声、豊かな伝統)の表紙にその最初の盆踊りの写真を選んだ。「盆踊りは運動会などの行事の中で踊られてきた。やがて盆踊り単独で催されるようになり、中止や再開を繰り返しながら、現在のラプラタ盆踊りとして毎年行うようになったのは1999年からですね」と解説する。
 ラプラタ地域の日本語・日本語文化教育界は、80年末から90年初めの出稼ぎブーム時、先生や生徒が急減し、その存続が危ぶまれた。コロニアに点在していた日本語学校は自ら統合を進め、この難局を乗り越えた。
 ラプラタ日本語学校維持会は資金集めの企画を模索する中で、当時日系社会で沖縄太鼓と和太鼓への関心が高まっていたることに着目し、盆踊りの開催に漕ぎ着けた。年々組織力も高まりホームページでも情報発信を開始。15年に動画サイト「Youtube」に公開された河内おとこ節の踊り方解説動画はすでに14万回視聴を記録した。
 これほどまでに「盆踊り熱」が高まっている背景には、従来からの日本文化ファン(特にアニメ・マンガ)からの後押しだけではなく、SUSHIが日常のものとなるほどの昨今の「日本食ブーム」とラプラタ日本語学校維持会盆踊り実行委員会のIT知見の存在が大きい。
 盆踊りと言えば筆者にとっては、ご無沙汰している人達に挨拶できる、のんびりとした場であった。それが今では、同じ会場にいても、気付けば人波に呑まれ、うまく示し合わさなければ友達に会うこともままならないほどの状態になってきた。もちろんこれはこれで喜ばしい傾向である。
 『タンゴの国』として名を馳せるアルゼンチンなので、宵っ張りをして踊るのは慣れている国民性がある。結婚式などがオールナイトダンスパーティーで終わるのはよくあること。地球の反対側の国で根付いた大盆踊り大会(Bon Odori La Plata, Bon Odori Sarmiento)をコロナが終息したら、是非一度見に来てほしい。
 開催は1月の第二土曜日と、第四土曜日夕方から深夜まで。ちょうどアルゼンチン南部のパタゴニアへの旅行シーズンとも合致する。ブエノスアイレスの郊外の夜にちょうちんの明かりが並び、様々なルーツを持つアルゼンチンの人々が一緒に踊る姿を見るのは壮観である。
 会場までの移動には、REMIS(レミス)などの送迎専用車サービスを利用するか、日系団体が利用する乗合バスに同乗させてもらうことをお薦めする。

参考リンク:
ラプラタ盆踊り(Bon Odori La Plata)HP=http://bon-odori.com.ar/
Bon Odori La Plataによる河内おとこ節の踊り方解説動画=https://www.youtube.com/watch?v=De3VRC4aGmQ
サルミエント日本人会(Asociación Japonewsa Sarmiento)HP=https://ajapsarmiento.wixsite.com/sarmiento
らぷらた報知に掲載されたイサベル・カフィーエロ教授の「コロニア・ウルキッサの盆踊り(El Bon Odori en Colonia Urquiza)」記事=http://www.laplatahochi.com.ar/index.php?option=com_content&id=751


筆者略歴
 相川知子 広島出身 JICA海外開発青年として1991~4年にアルゼンチンの首都ブエノスアイレスにある在亜日本語教育連合会(教連)で活動。その後、同国に定住し、スペイン語通訳、翻訳、教師、食品ロジスティックアドバイザー、テレビ撮影コーディネーター、ライター業などに従事。現在は「アルゼンチンをはじめラテンアメリカの人々の素顔を日本に紹介をすること」をライフワークとし、自身の運営するブログ『主観的アルゼンチン・ブエノスアイレス事情ブログ』(http://blog.livedoor.jp/tomokoar/)にて情報発信を行っている。

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