記者コラム「海岸山脈」=旧年を振り返り新年を占う=冬が厳しいほど生命力溢れた春に?

20年4月、コロナ犠牲者の墓で一杯になっていたマナウス市営墓地の様子(Alex Pazuello/Semcom)

ブラジル史に残るに血塗られた2021年

 旧年は、どんな年だっただろうか? 昨年の干支は「辛丑(かのと・うし)」で、「痛みを伴う衰退と、新たな息吹が互いに増強し合う1年」と言われる時期だった。辛い経験から何かを学んだ年だったかもしれない。
 実際、ブラジル在住者なら大半がコロナやガンなどの病気、老衰によって家族や友人を亡くした年だったに違いない。
 ブラジルにおける2020年のコロナ死者は約19万人、21年は約42万人と2倍以上の死者を記録した。昨年末までの累計死者数は61万9056人に達した。この数字は世界2位で、ブラジル史に残る血塗られた1年になった。
 昨年の1月、マナウスでは最初に第2波が爆発的に拡大し、病院で酸素ボンベが不足して酸欠死が続発するなど実に不穏な年の始まりだった。
 1月にはワクチン接種が細々と始まったが、4月から全伯を最大級のパンデミックが襲い、1日の死者が3千人を超える日が続いた。当時、南米全体が《epicentro da pandemia(大流行の中心地)》と世界中から恐れられた。
 と同時にワクチン接種が本格化し、ようやく7月頃から効果が現れて勢いが収まり始め、昨年末には7日間の平均死者数が100人を割るまでに落ちてきた。
 思えば、日本は昨年11月から7日間の平均死者数が5人以下になっているのに、オミクロンによって新規入国を全部止めるなどの大騒ぎをしている。日本で一番死者が多かったのは昨年5月の第4波の時で、7日間平均で100人ちょっと。いまのブラジルと変わらない。
 方やブラジルは、同じ100人前後で「ほぼパンデミックは終わった」と喜んでいる。どっちがどうなのか? この差は一体何なのだろうと、考え込まざるを得ない。

コロナ劣等生から優等生に劇的変化

南米諸国の高いワクチン接種率を示すBBC記事の一部

 英国BBCサイトは《コロナ大流行の中心地だった南米は、どうワクチンのリーダーになったか》(https://www.bbc.com/portuguese/geral-59808572)と劇的な変化を珍しく賞賛した。
 実際、100万人当たりのコロナ死者数で、南米は2740人と断トツの多さを記録したが、悲しいことに、そのけん引役を担ったのがブラジルだった。2位の米国は2450人、3位の欧州は2千人だから差がある。まして、たった267人のアジアとの比較では10倍以上も異なる。
 そしてワクチン接種率で見ると、これが逆転する。汎米保健機構の発表によれば、12月23日時点で1位が南米地域ではワクチン接種率が最も高くなっていた。
 南米の4億3400万人人口の63・4%が完全接種を受け、74・3%の住民が少なくとも1回の接種を受けている。南米大陸の人口の半分はブラジルであり、ワクチン接種のけん引役となったことは喜ばしい。
 2番目に高いのは欧州で完全接種は60・5%、3番目が北米で59・6%だった。オセアニアは58%、アジアは55%、最下位はアフリカでわずか8・8%。

オミクロン株を発見し、ネイチャー誌が選ぶ「2021年に最も影響を与えた科学者10人」にも選ばれたトゥーリオ・デ・オリベイラ氏を報じるG1サイト記事

 昨年11月に南アフリカで発見され、世界の注目を浴びるオミクロン株の発見者の一人が、ブラジル人科学者であったのも喜ばしいことだった(1日参照、https://g1.globo.com/saude/noticia/2021/12/15/revista-nature-elege-os-10-cientistas-mais-influentes-de-2021.ghtml)。
 このトゥーリオ・デ・オリベイラ氏は南ア疫学応用センター(CERI)の研究チーム主任として、同株を発見。ネイチャー誌が選ぶ「2021年に最も影響を与えた科学者10人」にも選ばれた。
 とはいえ、昨年末、リオから全伯にグリッペ(インフルエンザ、流行性感冒)が拡散し始め、サンパウロ州でも各地の病院が満杯になり、タミフルなどのインフルエンザ特効薬が品切れになる事態になっている。つまり、コロナのパンデミックの最中に、インフルエンザ流行が同時進行を始めた状態だ。
 この年末の家族の集まりや友人とのフェスタなどを通して、さらに拡散した可能性が指摘されている。グリッペでも悪化すれば亡くなる。特に高齢者や持病持ちにとっては、けっして気が抜けない状況が続いている。

インフレ高進に振り回された1年

 サンパウロ証券取引所(B3)のIbovespa指数は年間を通して11・92%下落、104,822ポイントで締めくくった。2015年に13・3%下落して以来の落ち込みとなった。
 その間、インフレの12カ月間の累積が10・74%を記録した。2016年2月以来の悪い数字だ。昨年11月のインフレ指数IPCAは1カ月で1・17%を記録しており、これも同月としては2002年以来、19年ぶりの高水準となった。インフレ高進の主な原因は、火力発電が増えたことによる電気代の高騰、国際的なコモディティ価格の値上がりとドル高に伴う燃料代、特に1年間で50%近いガソリン価格の高騰だ。
 インフレ高進を受けて、経済基本金利(Selic)は年初の2%から年末の9・25%まで一気に上がった。Selicがここまで高くなったのは、10・25%を記録した2017年7月以来で、約4年ぶりの高率。さらに新年には11・25%まで上がるとの予想もある。

IPCAインフレ率は10・74%、Selicは9・25%(中央銀行サイト)

 本来、連邦政府が今年、真剣に取り組むべき最優先課題はこのインフレ対策と失業対策、経済振興策だ。昨年11月時点での失業者は1350万人(12・6%)と高止まりしており、インフレ高進とPIB加工修正の流れのままではスタグフレーションに向けて一直線だ。
 だがゲデス経済相からは楽観的な見方が発表されるばかり。肝心の行政改革や税制改革などの抜本的な対策は、選挙の年だけに今年はさらに難しそうだ。
 それに加え、昨年末に承認された、実質的に歳出上限を破っても良いことにした憲法修正案により、今年以降のプレカトリオ(連邦政府が支払うべきと裁判所が判決を下した罰金など)が分割払いにされたことで、今後この部分の負債が加速度的に膨れあがることが予想され、財政規律が乱れていくとの危機感を募らせる識者も多い。
 また、ボルソナロが警察等の治安関係の連邦公務員のみを優先して昇給すると宣言したことで、他職種の公務員が大反発しており、大規模ストも宣言されるなど年明けから波乱含みだ。
 連邦政府は先月、昨年のインフレ率10%超を加味して、1月からの最低賃金を1100レアルから1212レアルに上げた。さらに連邦議会のセントロンと協力して、ボルサ・ファミリアを廃止して昨年11月からアウシリオ・ブラジルを始めた。金額は前者の約190レアルから400レアルに一気に2倍だ。
 政敵ルーラの大票田である北東伯に集中する貧民層を意識した政策だ。この金額で大統領の支持率が上がらないようなら、600レアルまで引き上げるという案も政府内では出ていると報じられている。
 そのようなバラマキが始まったら、財政バランスがどうなるのかという危機感を訴える声もでている。だが、選挙の年のドタバタの中で、そのような正論はかき消される可能性が高い。

FRBの出方に要注意

 22年が要注意なのは、国内要因に加えて米国FRBの動きだ。
 日本経済新聞サイト21年12月16日付《【ワシントン=大越匡洋】米連邦準備理事会(FRB)は15日の米連邦公開市場委員会(FOMC)で、米国債などの資産を購入する量的緩和縮小(テーパリング)の加速を決めた。終了時期の想定を2022年6月から同3月へ前倒しし、22年中に計3回の政策金利の引き上げを見込む》(1日参照、https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN140100U1A211C2000000/)とある。
 一般論としては、米国の金利が上がれば、パンデミック中の金融緩和でジャブジャブになって投資先を求めて新興国やコモディティ市場に溢れていた投資が、米国に環流する可能性が高い。そうなればB3が暴落、ドル高騰というシナリオが考えられる。しかも下半期にそれが起きるとすれば、ブラジルでは大統領選の真っ最中だ。
 ただでさえ、政治的に不安定になる選挙運動のまっ最中に、経済的な大変動が起きれば、社会の混乱は避けられない。

農業大国で国民が飢えるという矛盾

 パンデミックのまっただ中の昨年、国内問題として気にかかったのは貧富格差拡大と経済構造の歪さだ。
 世界でもトップクラスの食料供給国ブラジルにおいて、飢餓を訴える貧民が激増しているという現実は、歪に経済がグローバル化した証ではないかと思える。
 米国農務省(USDA)の統計によれば、2020年代のブラジルのトウモロコシ輸出量は世界の17・1%を占める。1990年代には0・1%だったから、この30年で農業大国への道をまっしぐらに進んできた。大豆輸出量では10・7%、大豆粕輸出量では24・4%だ。
 ドイツ国営メディアDWサイトは昨年8月12日付《ブラジルにおける農業ビジネスの新記録と飢餓という矛盾》(1日参照、https://www.dw.com/pt-br/a-contradi%C3%A7%C3%A3o-entre-recordes-no-agroneg%C3%B3cio-e-fome-no-brasil/a-58779493)と報じた。
 いわく21年《6月、ブラジルのアグリビジネスは、外国への販売で121億1千万ドルを売り上げ、新記録を打ち立てた。この数字は、前年同月に記録した96億9千万米ドルを25%上回っている》と好調な農業ビジネスを賞賛した。
 その一方で《アグリビジネスは国の生産体制の一部であるにもかかわらず、一部の多国籍企業によって世界的に支配されている業界だ。ADM社、Bunge社、Cargill社、Louis Dreyfus社を合わせると、世界の農産物の生産、商業化、輸送の70%が支配されている。この分野では大手ブランド同士の合併が相次ぎ、種子、農薬、土地市場の集中度が高まっている》とする。その結果、伯国内の生産物が優先的に輸出される構造が農業界にあることを指摘した。
 さらに《ブラジル地理統計院(IBGE)の17―18年国勢調査によると、家族農業の割合は23%で、2006年の同調査で測定された38%よりも下がった》とし、日常の生鮮食品を生産する家族農業が減っている現実を説明した。
 パンデミック前の2019年当時、すでに人口2億人のうちで一人あたりの月収が246レアル以下の極貧層が11%もいた。それがコロナ禍で13%に膨れあがった。さらに昨年はインフレが10%超となり、ただでさえ少ない収入の価値が1割も下がった。
 つまり、ブラジルは世界トップクラスの農業大国だが、発展するのは世界的な穀物メジャーなどによる多国籍企業がらみ農業ビジネスばかり。国民に食料を供給する家族農業は衰退すると同時に、パンデミックで貧富の格差が拡大して飢餓が増大している。
 本来なら、貧困層への現金支給を増やすなどの場当たり的対策だけでなく、国民が飢えないようなアグリビジネスの構造を変化させる対策、国民の教育を向上させて所得を増加させるような根本的な政策も必要なはずだが、そこを強調する政治家の姿は目立たない。

2022年の干支は壬寅

 身近なところを振り返れば「痛みを伴う衰退と、新たな息吹」が吹き込む昨年、ニッケイ新聞が廃刊し、ブラジル日報が始まった。干支には世の理を見通す不思議な力があるのかもしれない。
 今年の干支は壬寅(みずのえ・とら)だ。この干支が意味するのは「冬が厳しいほど春の芽吹きは生命力に溢れ、華々しく生まれる年になる」ということらしい。
 さて新年のブラジルに、どんな「春の芽吹き」が見られるか。選挙の年だけに、誰がどんな役割を果たし、何がどんな風に「華々しく生まれる年」になるのか―大いに気になる。(深)

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