
中国製の安価な電気自動車(EV)がブラジル市場に大量流入し、国内自動車産業や労働組合が警戒感を強めている。特に世界最大手のEVメーカーBYDをはじめとする中国メーカーの輸入拡大が、国産車生産の減少や雇用喪失のリスクを高めていると指摘されており、関税引き上げの前倒しを求める声も強まっていると19日付ロイター通信など(1)(2)が報じた。
世界最大級の自動車輸送船が先月末、南部サンタカタリーナ州イタジャイ港に初寄港し、BYD製車両約2万2千台を含む積荷が下ろされた。今年に入ってすでに4度目の輸送で、同社はブラジルを最大の輸出先の一つと位置づけている。
全国自動車工業会(Anfavea)によれば、今年の中国製車両輸入は前年比で約40%増の約20万台に達すると見込まれており、国内大衆車販売の8%を占める見通しだ。業界や労働界は、関税の低さが中国メーカーの優位性を助長し、現地投資や部品調達の動きが遅れる中で、国内生産が圧迫されていると批判。現在10%の輸入関税について、2026年中頃に予定されている35%への引き上げを前倒しし、本年中に実施するよう政府に求めている。
BYDはバイア州カマサリにて工場建設を進めているが、労働環境に関する調査の影響で生産開始は26年末にずれ込む見込みとなった。別の中国メーカーGWMも、サンパウロ州の元メルセデス・ベンツ工場での生産を1年以上遅らせている。さらに、国内部品メーカーとの契約締結も限定的で、サプライチェーンの構築に不透明感が漂っている。
こうした輸出攻勢の背景には、中国国内の不動産危機に伴う景気減速がある。中国政府は国内の需要減退を補うため、製造業への資金注入と輸出支援を加速。EV生産は前年比45%増を記録し、輸出台数も約65%増と急増している。
中国は2015年、「中国製造2025」政策を打ち出し、高付加価値製品の輸出を拡大させてきたが、不動産市場の崩壊以降、製造業振興政策を一層強化したことで、近年は再び低価格商品にも注力し、世界中にその〝津波〟が押し寄せている。
トランプ関税の影響で米国市場が閉ざされるなか、中国は東南アジアや欧州、中南米への輸出を一気に拡大。これにより、中国の今年の貿易黒字はすでに5千億ドルに達しており、世界の輸出構造を再編しつつある。
だが、その余波は各国経済に影を落としている。インドネシアでは中国製衣料品との競争に敗れ、2023〜24年にかけて約25万人が失職。タイでは部品メーカーがEV流入の影響で廃業に追い込まれた。ブラジル国内でも、労働組合インダストリオール・ブラジルのアロアルド・ダ・シルヴァ会長が「外国製部品や技術に依存した工場では、国内に真の価値は残らない」と警告するなど、警戒論が強まっている。すでに自動車業界からは、中国車に対するアンチダンピング調査を求める声も上がっており、政府は対応を迫られている。
米国と中国の貿易摩擦が長期化する中で、各国は保護主義的措置と市場開放のはざまで選択を迫られている。中国の輸出攻勢が、地政学的な観点からも、国際経済秩序に影響を及ぼし始めている。