《記者コラム》ルーラ勝利で振り出しに戻る?=全てを差配する奥の院的な最高裁

PT勝利で原点に戻ったブラジル

決選投票直後以降、基本的に沈黙を保つボルソナロ大統領。11月1日。大統領府で(Foto: Fabio Rodrigues-Pozzebom/Agência Brasil)

 今回のコラムはブラジル社会に関する「個人的な印象」「独断と偏見」に過ぎないかもしれないことを予め断っておく。
 大統領選の結果を見て絶妙なバランスで収まったと感じる。上下両院はボルソナロ派が席巻した状態であり、大統領までボルソナロになれば右寄りに極端化する恐れがあった。
 だが大統領はルーラになったことで、議会と政権の間にねじれが生まれた。右にも行けない、左にも行けない、中道にならざるを得ない構図だ。国民が持つ絶妙な政治的バランス感覚の結果かもしれない。
 コラム子は、ボルソナロとルーラは「どっちもどっち」と思っている。右や左など方向性が違うだけで、政治家としての資質はそっくりだと思う。ルーラも十分に非民主主義的な資質を持っている。
 そもそもPTが国家財政やペトロブラスを食い物にして財政を悪化させたからジウマは罷免され、その反動の強さから逆の極端にいたボルソナロが当選した。
 ジウマ政権の経済政策は、ラヴァ・ジャット作戦(以後LJ作戦)よりもひどい打撃を経済に与えた。ペトロブラスが市中のガソリンスタンドに卸す価格を、採算の合わない低額にムリヤリ統制し、電力企業に強制的に値段を引き下げさせたのはその一例だ。
 PT政権は採算の取れない公共事業、事実上の福祉政策を連発し、インフレ率以上に最低賃金を毎年上げ、PT支持基盤である公務員の年金を手厚く増やし続け、政府自らインフレ要因を作った。現在のインフレはパンデミックによる部分が大きいが、PT政権時代のインフレは政治的失策によって引き起こされた。当時インフレを抑えるために金利が上昇する中、その出費を続けるために多額の国債を発行し続けて国家財政が大赤字になった。
 現在の二極化の最初にいたのがルーラであり、その開始時点に戻ったのが今回の選挙結果だと思う。コラム子的には「良い方に進んだ」というよりは「元に戻った」だけ。「どちらもイヤだ」と思っている国民が一定数いるから、今回の選挙では当初「第3の候補」を待望する声も大きかった。コラム子もそうだ。だが悲しいことに、4年前よりもさらに2極化した選挙戦になった。

復活する可能性あるトマ・ラ・ダ・カー

 4年間のボルソナロ政権の間に起きた最大の変化は、秘密予算(orçamento secreto)だと思う。これは、大統領が独占していた予算執行権を下院議長にも明け渡すもの。事実上、下院議長が「首相」的な役割を担うことになり、専制君主的に振る舞おうとする大統領の権限を減らした。
 だが、どの下議が何にいくら使ったかが分からない不透明な仕組みになっているために強い批判を浴びている。ルーラは大統領権限を取り戻すために、秘密予算を廃止すると宣言している。
 ボルソナロ派が多いセントロンは、約2千億レアルという巨額の政権移行PEC(憲法補正案)を通す代わりに、秘密予算を認めろとの交渉を始めたと報じられた。ルーラの思い通りには行かない展開だ。
 このPECは本来、来年もアウシリオ・ブラジル600レアルを支給継続するための憲法補正法案だった。ボルソナロもそれを主張していたので通りやすい法案であることから、PTは他の社会福祉や教育や投資の予算も抱き合わせにして巨額化させた経緯がある。
 市場は「この勢いで財政支出が激増すれば、いずれ国家財政が破綻する」と否定的な反応を始めた。だがルーラは「財政規律が重要なのは百も承知。とはいえ国を良くするには投資も必要」と聞く耳を持たない。彼は愛弟子アダジを財務相に任命し、政治家主導の財政運営をしようと考えていると報じられており、さらに財政破綻の危機が高まるとの不安感が市場を覆っている。
 時間の問題でセントロンの一部が政権にすり寄るだろう。その過程で、前PT政権時代に盛んに行われた「トマ・ラ・ダ・カー(互恵交渉)という古い政治手法」が復活する可能性が高い。そうなれば、ボルソナロ時代には必要だった秘密予算がいらなくなる。

企業癒着と言われても仕方ないルーラの振る舞い

COP27会場でルーラはアントニオ・グテーレス国連事務総長と懇談(Foto Kiara Worth)

 ルーラは国連気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27)で「ブラジルは戻った!」などと現役大統領きどりで発言した。PT前政権時を思えば、彼の言葉が意味するのは「いずれ戻りたいと思っている」だ。「戻る」には現政権が4年間かけてやってきた、環境破壊を容認する一連の政策をひっくり返す必要があるが、まだ何もやっていない。
 しかも米国のジョン・ケリー国務長官、アントニオ・グテーレス国連事務総長、エジプトのシーシー大統領などと会見するなど、大統領同然の振る舞いをしておきながら、その会場に向かうのはLJ作戦で逮捕された友人の豪華小型ジェット機というチグハグさだ。
 大統領として参加するつもりなら、大統領らしい振る舞いを徹頭徹尾すべきだ。大統領同然の人間が特定企業と癒着しているとの疑惑を公然と示しているように見える。
 批判を受けたPTは「そんなに文句を言うなら、今は党費でまかなったCOP27行きの経費を国の負担に」と言い出している。最初から「政権移行費用」として計上してあればまだしも、勝手に金を使っておいて後から国に請求というスタイルはいかがなモノか。
 4年前の選挙でボルソナロは「ブラジルがベネズエラのようになる」と訴え、今回は「アルゼンチンのようになる」と左派嫌悪を煽るフレーズをネット上でばらまいた。確かに何でもかんでも国に負担させる発想には薄ら寒さを感じさせる。
 PTの言葉を聞きながら末恐ろしくなった。

ボルソナロ対策でルーラ出馬を許した最高裁?

 今気になるのは「3権のバランス」だ。最高裁が力を持ちすぎているように見える。行政(大統領府など政権)、立法(両院議会)、司法の中で、最高裁は特別の権限を持っているように見える。「民主主義を守るための調整役」として超法規的な役割があると感じる。例えば今回のルーラ出馬も最高裁がLJ裁判を白紙に戻したからだ。
 何の根拠もない裏読みだが、「ボルソナロ政権が暴走気味だから、次の選挙で強力な対抗馬を立てないと簡単に再選する。2期目はやりたい放題になる」と危惧した最高裁が、「今のボルソナロに勝てるのはルーラしかない」と判断して裁判を白紙に戻したように見えて仕方がない。
 3権において、大統領も連邦議員もたびたび罷免される中、唯一罷免されないのが最高裁判事だ。最高裁判事は同僚によってしか罷免されないから、11判事の過半数が支持するように根回しされた案件は、完全犯罪的に進められる現状がある。

やり過ぎたモロの司法強権主義

 今回の選挙戦を通して大手マスコミがボルソナロ批判に終始して、結果的にルーラを後押しするような風潮があったことは実に残念なことだ。どちらにも等しく批判的であるべきだ。
 2000年代にルーラらPT勢力が暴走したから、LJ作戦という政治汚職撲滅運動が司法から起こり、当時、連邦地裁判事だったモロがそれを先導した。ブラジリア司法関係者の多くは政治家とベッタリだと噂される。それから距離を置いた、州民の知的レベルが高いパラナ州だから、この汚職撲滅運動が起きえたという部分もある。
 モロは上手にマスコミを巻き込んで国民の圧倒的な支持を得て、政治家に文句を言わせない状態を作れたから、最高裁もそれを容認していた。史上まれにみる汚職摘発運動だった。それゆえ勢い余って第1審で偏った判断までしてしまった。
 だが、それなりの証拠が揃っていたから第2審でも有罪判決が出た。最高裁は「モロ判決は偏っていた」と判断したが、「第2審判事も偏っていた」とは言っていない。
 ルーラ裁判を白紙にする流れを作ったファキン判事は、「多くの連邦議員が関わる裁判だからパラナ州のような地方で裁くのは適当ではない。連邦レベルの政治家案件としてブラジリアでやり直すべき」と判断し、大法廷でそれが支持された。
 問題は、その判断が出されたタイミングだ。本来ならLJ作戦の初期で下されるべきやり直し判決だった。だが、ボルソナロ政権暴走開始後にこれが出た。
 ボルソナロ政権になってハッカーによる犯罪的な暴露がマスコミによって広められるヴァザ・ジャット報道によってLJ作戦への評価が地に落ちた。これは、司法強権主義的に汚職政治家を根絶やしにするモロの方向性に恐怖した、ボルソナロ派政治家とPTの利害が一致して一気に貶められた感がある。
 だがモロらがやったこと自体は犯罪と認定されて居らず、「やり過ぎ」「偏り」というレベルで批判されただけだ。

情報漏洩対策の名目で報道規制しようとしたPT

 前回のPT政権の評価すべき点は、司法の独立を尊重したことだ。司法が自由にできたから、モロのような極端な汚職摘発運動を起こすことができ、そのお陰でテメル大統領は2回も罷免裁判を起こされた。
 それに学んだボルソナロは、自分を摘発できる連邦検察庁長官や連邦警察の人事を完全に掌握し、罷免審議を始める権限を持つ下院議長との関係を重要視した。だからどんなに過激な政策をとっても疑惑が持ち上がっても罷免審議は起きなかった。
 今回ルーラはそれに学び、司法関係人事をがっちりと自陣で固め、下院議長を抱き込むだろう。LJ作戦を起こす自由度は司法界にはなくなる。そうなればLJ作戦開始翌年に問題になった「PT政権権力永続化計画」は今度こそ完成されるかも。
 15年9月18日付コレイオ・ド・エスタード紙《LJ作戦はPTの権力永続化計画を壊したとジルマル・メンデスは言及》(https://correiodoestado.com.br/politica/para-gilmar-mendes-lava-jato-estragou-plano-do-pt-de-se-eternizar-no-poder/258135)にあるように、ペトロブラスから盗んだ莫大な資金によって「PTは2038年まで選挙で勝ち続ける計画があったがLJ作戦がそれを潰した」という発言をジルマル・メンデス最高裁判事がしていた。
 どの大統領も口では「報道の自由を保障する」と言うが、実際は規制に動きがちだ。それにPT政権は、ニッケイ新聞2004年8月14日付《情報漏洩対策は中止=政府内から反対の声=報道の自由への抵触を懸念=犯罪捜査にはマイナス》(https://www.nikkeyshimbun.jp/2004/040814-21brasil.html)にある通り、第1期政権早々からそれをやっていた。
 04年5月にはニューヨークタイムズ紙記者が「大統領の母が、なぜ息子を大酒飲みに育てたのか」と書いたことにルーラが激怒し、法務省が記者のビザを無効して国外退去させようとした。ニッケイ新聞04年5月14日付《NYT記者国外退去=世界各紙が批判=米政府も声明発表=報道の自由に抵触=大統領「母批判」に怒る》(https://www.nikkeyshimbun.jp/2004/040514-21brasil.html)参照。
 エスタード紙はサルネイ家汚職疑惑報道に関する検閲をPT政権の09年に受け始め、18年11月というボルソナロ当選翌月に解除されたのは象徴的な現象だった。PT政権中に検閲は起きたが、ボルソナロはあれだけメディアと大喧嘩していたが検閲はしていない。
 ルーラ就任直後の半年間〝蜜月期間〟を過ぎたら、マスコミとのやり取りは再び先鋭化するだろう。

ルーラ新政権が暴走したら最高裁はどうでる?

 もしもルーラ第3期政権が暴走を始めたら、最高裁はどう動くか。
 第3期ルーラ政権が始まって「今度はルーラがやり過ぎだ」と最高裁が思えば、白紙に戻した裁判を再開させて次回選挙で出られなくする可能性がある。すでにパラナ連邦地裁で2審有罪判決が出ている案件だから、再開したら有罪になる確率は高い。と言うか、2審有罪の案件が、別の連邦地裁でやり直して無罪になったら「法の普遍性」の観点から大問題だ。
 現在ちょっと怖く感じるのは、最高裁においてボルソナロ派抑圧の急先鋒を任じるアレシャンドレ・デ・モラエス最高裁判事の法的処置が、強権的なレベルに達しつつある感じがすることだ。
 そもそも最高裁判事には単独で、連邦議会が決めた法案、大統領が交付した暫定令などを止める力を持っている。10万人前後の国民が投票して選んだ連邦議員や、6千万人前後の国民が選んだ大統領が作った法律を、単なる一公務員の判断で「待った」をかける権限が与えられている。最終的な合憲審査は11人の判事全員だが「待った」だけは一人で可能だ。
 これは「民主主義が暴走するのを司法が抑える」という役割が実体化したものだ。だが司法自体が暴走したら、もしくは政権が司法を支配したら、誰も止められなくなるということでもある。
 ボルソナロは選挙期間中、最高裁の人員を倍にして自分の息がかかった人物を過半数送り込み、掌握する案をほのめかせて波紋を呼んだ。10月11日付本紙《ボルソナロが最高裁判事増員案で脅し=ベネズエラの後追いか=抑制効かない激昂演説》(https://www.brasilnippou.com/2022/221011-11brasil.html)にある通りだ。ベネズエラでは03年に当時のウゴ・チャベス大統領が最高裁増員を敢行し、以後、同国での独裁が進んだ経緯がある。
 だがチャベスの親友といえば、ボルソナロでなくルーラだ。06年11月14日付ニッケイ新聞《チャベス再選に旗振り=ルーラ大統領=紳士協定の返礼に=PMDB意見統一に猶予も=共産党から初の大統領》(https://www.nikkeyshimbun.jp/2006/061114-21brasil.html)にある通り、親密な関係を築いていた。
 COP27でも「ベネズエラとの対話回復」を真っ先に宣言した。

もしルーラが最高裁を抱きこんだら?

最高裁(Foto: Nelson Jr./SCO/STF)

 選挙で敗北して以来、ボルソナロが沈黙を保っているのは「大統領の地位を失って不逮捕特権がなくなれば、最高裁の差配次第ですぐに逮捕されてもおかしくない状況があるからだ」との政治解説者の声を聞いた。
 ボルソナロ派は最高裁が最高権力を握っているのに対抗し、奥の手として「軍」をちらつかせる。
 憲法第142条の「国軍の役割」の解釈には論争があるからだ。3権が不調和状態に陥ったとき「秩序の保障」をするために、軍が「調停力」(poder moderador)として振る舞えるとボルソナロ派は解釈している。
 3権が混乱したとき、軍が収束させるために行うのが「intervenção militar(軍事介入)」だとする。だからボルソナロ派のデモでは「軍事介入を!」との標語が目立つ。今のところ軍が動く気配はない。だが万が一、ルーラ第3期政権が暴走を始めて司法も巻き込んでしまった時、最後の手段はそれしかない可能性はある。
 主要街道や軍施設の前でボルソナロ派がピケを張る状態が続いている。この動きをどう収束させるのかが、ルーラの最初の試練となる。(深)

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