《記者コラム》めまいがしそうな貧困が目の前に=社会格差の拡大はPTに追い風

次々に貧困層に落ちる中産階級

サンパウロ市セントロにある路上生活者のテント

 最近、道を歩いていて物乞いが多くなったことを痛感する。先日もサンパウロ市南部のメトロ駅近くで、貧しそうだが清潔で礼儀正しい話し方をする60歳ぐらいの婦人に声を掛けられた。
 一見して物乞いと分かる場合、申し訳ないが、通り過ぎる。でも普通の婦人から道を聞かれたと思って立ち止まった。すると「私は日雇い家政婦を週に4日間やっているが、5、6日やらないと生活費を賄えない。家族に病人がいて費用が掛かる。少しでもいいから援助してくれませんか」と言われて少し驚いた。
 きちんと働いている感じがする人だ。普通の景気なら物乞いする必要がない人が、仕方なくしているとの印象を受けた。
 失業率が10%台に高止まりする中、正規労働者はどんどん減って、不安定な非正規労働者が増え、平均賃金は下がる一方だ。働いても食べられない中産階級の中や下の人たちは、次々に貧困階級に転落している。
 にも関わらず、パンデミック中に億万長者が増えている。パンデミック中、ブラジルでは飢餓状態にある人口が1910万人(8・9%)から、3300万人(15・5%)に激増した。その反面、10億ドル以上の資産を持つ超富裕層は42人から62人に増えた。(https://noticias.uol.com.br/colunas/leonardo-sakamoto/2022/06/09/brasil-que-passa-fome-cresceu-73-e-o-que-tem-mais-de-us-1-bi-subiu-48.htm
 21年11月6日付フォーリャ紙記事(https://www1.folha.uol.com.br/mercado/2021/11/entenda-como-os-ricos-ficaram-mais-ricos-na-pandemia.shtml)によれば、人口の最富裕層1%が国全体の富の約半分(49・6%)を所有するようになった。20年には46・9%だった。その分、中間層がどんどんやせ細っている。
 実はコロナ禍と関係なく、10年ほど前からブラジル経済は活力を失っている。GV財団発表による昨年の住民一人当たりの国内総生産(GDP)は4万668レアルしかなかった。
 これは第1次ジウマ政権下の2013年に記録した4万4097レアルを下回っている。リーマンショック後も成長を続けて、世界的に注目を浴びたルーラ政権時代の好況を引きずっていた時代だ。来年以降、GDP成長は緩やかだと予想されるため、回復するにはまだ数年を要する。
 もともと世界的にみて社会格差がひどいブラジルだったが、パンデミック、ウクライナ侵攻による世界的な食糧不足やインフレ高進によって、さらに悪化している。

怖いぐらい激増するサンパウロ市の路上生活者

路上生活者のテントの横の壁にはボルソナロ大統領が楽しそうに水上スキーを楽しむ写真が貼られ、「Fode-se(ファック、くたばれ!)」の文字が大書きされている(foto Jorge Araujo/Fotos Publicas)

 南米最大の都市サンパウロ市の人口は1233万人で、市役所が把握している路上生活者は3万2千人だ。だが、9日付G1サイト記事(21日参照、https://g1.globo.com/sp/sao-paulo/noticia/2022/06/09/pesquisa-mostra-que-populacao-de-rua-na-cidade-de-sp-e-30percent-maior-do-que-indica-/)によれば、ミナス・ジェライス連邦大学の研究者による最近の調査では、実際は4万2240人もいる。市民1万人に対して路上生活者34人だ。約300人に1人。
 調査によって大きく数字が異なるのはブラジルの常だが、昨年10月15日付アジェンシア・ブラジル報道(https://agenciabrasil.ebc.com.br/geral/noticia/2021-10/sao-paulo-tem-mais-de-66-mil-pessoas-que-vivem-em-situacao-de-rua)では、6万6千人とも報じられていた。こちらではなんと200人に一人だ。本当なら、あまりに多すぎる。
 エスタード紙6月10日付(https://economia.estadao.com.br/noticias/geral,ibge-brasileiros-sobreviviam-com-1-30-real-por-dia-em-2021,70004089454)によれば、ブラジル地理統計院(IBGE)の全国家庭サンプル調査(Pnad)の結果では、昨年は1億635万人が13・83レアル(約370円)/日で生活していることが明らかになった。
 総人口の半分が月に415レアル(約1万1177円)で生活している。うち最貧層1千万人だけを見ればなんと1・30レアル(35円)/日で生活している。
 ――クラクラと、めまいがしそうな貧困状態ではないか。今のブラジルでは「日々お腹一杯食べられる生活をしているだけで十分に幸せ」と言えるかもしれない。

所得減とインフレ高騰が同時直撃する現実

ボランティアによる無料の食料配布に、長大な列を作る貧困層の人々(Fotos: Leonardo Henrique)

 パンデミック不況によって、昨年はこの10年で最悪の所得減が起きた。2020年には連邦政府からの緊急支援金600レアルがばらまかれて一息ついて、人口の半分の貧困階層は489レアルを得ていた。
 それが21年には150~250レアルに減額されて415レアルにまで落ちた。そのために一気に所得減が起き、貧困状態が悪化している。
 ただし昨年、緊急支援金が終わった。入れ替わりに、ボルサ・ファミリアを改名・倍増させたアウシリオ・ブラジルが400レアルで始まった。3月時点で1810万家族がその恩恵を受けた。
 だがウクライナ侵攻後に経済が悪化し、アウシリオを申請する行列に待つ家族数は3月の130万8千世帯から、4月の278万8千世帯へと一気に2倍に増えた。連邦政府の予算が増えないと、新たに申請の列に加わった家族に分け前が回ってくることはない。
 しかもこの所得減は髙インフレ(広範囲消費者物価指数IPCA11・73%)と同時並行で起きている。恐ろしいことに世界第4位の高インフレ国だ。つまり、所得がみるみる減る中で、物価高騰している。目も当てられない惨状だ。

十中八九はルーラ勝利か

副大統領候補のアウキミンとがっちり手を握るルーラ(Foto: Ricardo Stuckert)

 この悪化する一方の格差拡大は、結果として「ルーラへの追い風」として機能している。「貧者の味方」は左翼が昔から強くアピールしてきた点で、「食えなくなったらルーラPT」となるのは自然な流れだ。
 23日付UOL記事によれば、最新のダッタフォーリャの支持率調査でルーラは断トツの首位で47%(有効投票の53%)を得ており、今が選挙なら一次投票で勝利を決めている。対するボルソナロは38%(有効投票の32%)で大きく水をあけられている。
 ただでさえまずい状態なのに、投票当日約100日前というタイミングで、大統領夫妻と親密な仲で知られるミルトン・リベイロ前教育相逮捕が起きた。大統領の捜査介入を示唆する警察の電話盗聴記録が次々に出てきている。この件の連邦議会調査委員会(CPI)まで始まれば、さらにイメージは悪化する。「自分の政権には汚職はない」と言い続けてきた大統領には厳しい事態だ。
 この劣勢をひっくり返すのは、ルーラが自爆的発言で評判を大きく落とすとか、ボルソナロの評価を劇的に上げる奇策がない限り無理だ。アウシリオ・ブラジルを600レアルに上げるとか、トラック運転手に1千レアルずつ補助金を出すとかバラマキ政策を練っているが、財政バランスを考えれば危うい行為だ。
 とはいえ様々な専門家が指摘するのは、右派か左派の違いはあってもボルソナロとルーラには共通点があることだ。
 どちらも表面的には民主主義を標榜するが、実質的には専制主義化してデジタル管理社会に向かうことが予想されている。現在、選挙戦略的に「中道左派」のイメージを打ち出しているルーラだが、当選後は軌道修正して本来の左派本道に戻ると連合を組むPSOLは認識している(https://www.terra.com.br/noticias/gesto-de-lula-ao-centro-faz-parte-de-tatica-eleitoral-diz-presidente-do-psol,a89c05ec00282f6233fb3db70c30ba88a7eu6cxb.html)。

6月18日、マナウスでモトシアッタ(ツーリングデモ)を行ったボルソナロ(Foto: Clauber Cleber Caetano/PR)

 「ボルソナロ+セントロン体制」が右派を中心にかなり安定しているのと同様に、ルーラが勝てば最初こそ左派中心ながらも徐々にセントロンの寝返り組が増えて、すぐに議会の過半数を制する安定政権を作るだろう。
 さらに、コロンビア初の左派大統領が選ばれたことはブラジルの左派を勇気づけた。南米12カ国中、右派大統領は4カ国のみ、残りは全て左派になった(https://jovempan.com.br/noticias/mundo/nova-onda-rosa-dos-12-paises-da-america-do-sul-so-quatro-tem-governantes-de-direita.html)。
 このまま順当に推移してルーラが勝てば、来年以降の国際情勢にも大きく影響を与える。中南米においてもピンク・タイド(ピンクの波=社会主義化)を決定づける。共産主義化(赤化)まで行かないが、社会主義政権(ピンク化)の波が中南米を覆う。冒頭から書く格差拡大は中南米全体に共通しており、これがピンク・タイドの底流となっている。
 ボルソナロはBRICSに距離を置く雰囲気が強かった。だがルーラが再選すれば、中露を核とするBRICSとの関係も強化される。そうなれば、世界におけるBRICSの存在感はさらに強くなる。国際社会におけるブラジルの存在は「左派の旗手」扱いになるかもしれない。
 十中八九、勝負は見えてきたと言えそうだ。
 恐ろしいことに、BBCブラジルニュース26日付記事(https://www.terra.com.br/economia/guerra-na-ucrania-os-possiveis-riscos-para-a-economia-global-e-do-brasil-caso-o-conflito-se-prolongue,a857709d96204298b9bdf292555e69f7skxlzlp3.html)にある様に、現在のウクライナ侵攻が長引けば長引くほど、世界不況が現実のものとなる危険性が高くなる。その結果、さらにブラジルの格差は広がり、ルーラには有利になるグローバルな構図ができあがっている。

万が一ルーラ人気ガタ落ちならシロにチャンス

シロ・ゴメス候補(Pedro Dimitrow, via Wikimedia Commons)

 〝救世主〟モロが期待外れに終わり、シモーネ・テベテ氏(民主運動・MDB)が支持率1%という泣かず飛ばすの状態である現在、最も伸びしろがあるのはシロ・ゴメス(民主労働党・PDT)だ。前述の支持率調査でも8%をたたき出した。
 先週CBNラジオが主催した候補者インタビューシリーズを試聴したが、シロは歯に衣着せない勢いがあり、最も活き活きと主張していた。それゆえに《シロ・ゴメスが国防省と3軍に訴えられる=アマゾンでの殺人事件批判で》(https://www.brasilnippou.com/2022/220625-14brasil.html)のようなことも起きるが、選挙前にはこれぐらいの方が国民受けがよい。
 同インタビューで、シモーネもアンドレ・ジャノーネス(アヴァンテ)も、奥歯に物が挟まったような物言いしかしなかった。ウニオン・ブラジルのルシアノ・ビヴァールに至っては、まったく新鮮味を感じなかった。大統領候補を出した方が莫大な選挙基金を上手に使うのに都合が良いぐらいのご都合主義の印象だ。
 ダッタフォーリャ調査でシロは投票先を換える場合の最有力候補だ。有権者の7割は「もう誰に投票するか決定済み」だが、29%は「変える可能性がある」と答えた。可能性があると答えた人のうちの22%はシロを代替え候補と考えている。この傾向が拡大するかが今後の鍵を握る(https://www.cartacapital.com.br/politica/datafolha-ciro-lidera-segunda-opcao-de-voto-mas-maioria-de-seus-eleitores-admite-votar-em-outro-candidato/
 同調査で一番興味深いのは、ルーラの代替えとしてシロを選んだ人は40%、ボルソナロの代わりに選んだ人も26%おり、両側から流れこむ可能性があることだ。
 ルーラとボルソナロの決選投票になった際も、彼の存在は重要だ。ほぼ9割方、ルーラ側に付くためだ。それがルーラの切り札といえる。
 万が一、シロが大統領になった場合、PDTは弱小政党(下議19人、上議4人)なのでコーロルの時のように連邦議会の反発を受けると、簡単に罷免される不安定性がある。だから投資家からは嫌われる。PT勢を味方に付けるしか、政権を生き延びさせる方法はない。そうなるとルーラ院政政権になりかねない。
 とはいえ、ルーラの支持率がガタ落ちするようなスキャンダル暴露などの緊急事態が起きたとき、勢いのあるシロに票が向かう可能性は極めて高いと思う。(敬称略、深)

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