
去る5月18日に実施されたブエノスアイレス市議会選挙において、ハビエル・ミレイ大統領が率いる与党「自由前進(La Libertad Avanza:LLA)」が市内全域で得票を伸ばし、市議会の一大勢力に躍進した。これにより、市政を18年にわたって支配してきた「共和国提案(PRO)」の牙城が崩れ、首都ブエノスアイレスの政界の勢力図が大きく塗り替えられた。
選挙戦では、現大統領のスポークスマンであるマヌエル・アドルニ氏が初のLLAの代表候補として立候補し、約30%の得票率を獲得してトップ当選。続いて、ペロン主義とキルチネル主義連合「Es Ahora Buenos Aires」のレアンドロ・サントロ氏が27・4%、PROのシルビア・ロスペナト氏が15・8%、前市長オラシオ・ロドリゲス・ラレタ氏が8%と続いた。
この日の有権者はブエノスアイレス在住のアルゼンチン人 251万6276人と外国人52万4040の合計304万316人で、投票率は53%にとどまった。過去28年で最低水準となったが、それでも有権者の明確な意志の変化を示す結果となった。
首都全域に〝紫の波〟 15地域中9地域で30%以上の得票
ブエノスアイレス市はアルゼンチン23州と並ぶ自治地域であり、アルゼンチンの政治・経済の中心地。1536年建設のブエノスアイレス市は、アルゼンチン国家よりも古い歴史を持つアルゼンチンの象徴的な存在である。長らく国政とは一線を画し、ペロン主義に支配されることなく、かつては急進党の本拠地として、近年はマウリシオ・マクリ元大統領率いるPROが影響力を保持してきた。
しかし今回、市内15地区のうち9地区でLLAが30%以上の票を獲得し、国レベルの政治運動が首都ブエノスアイレス市全域で浸透した格好となった。ミレイ氏はこの勝利を同氏の政党カラーである「紫の第一歩」と象徴的に表現し、「今後、アルゼンチン全土をこの色で染めていく」と抱負を語った。

「マクリの時代は終わった」──痛烈な発言
選挙翌日の5月19日、ミレイ大統領は、かつての盟友であるマクリ元大統領に対し、「マクリ氏はもう自分の時代が終わったことを理解すべきだ」と述べ、政界に大きな波紋を呼んだ。さらに、XなどSNSにおける皮肉合戦を〝真に受けた〟として「老いて理解力を失った」と挑発し、同氏が支持したロスペナト候補を「最悪の候補」と切り捨てた。現ブエノスアイレス市長でマウリシオ・マクリ氏のいとこであるホルヘ・マクリ氏に対しても敗北の責任を問う発言を行った。
ミレイ氏は「マクリの承認がなくても、我々は前進する」と強調し、今後はむしろPRO系政治家との連携を模索しながら、新たな中道右派勢力の形成を進める意向を明らかにしている。
〝古い政治〟への反発が若者と中間層を動かす
今回の選挙結果は、ブエノスアイレス市の単なる政党交代にとどまらず、有権者の深い政治不信と「しがらみ政治」からの脱却願望を反映している。
アルゼンチンの地方からブエノスアイレス市などに出てくる若者は、縁故による就職が多く、その先輩が活動する政党へ家族の雇用を守るための〝義理の投票〟が繰り返されてきた。特に正義党の支配下では、ブエノスアイレス州を中心に公共部門が票田として機能してきた歴史がある。
マクリ政権下では、道路整備や水害対策などの公共事業が進展し「改革政党」として一定の評価を得ていたが、連合政党内部にも〝旧体制〟の影が広がり、回避不可能になり、支持層の離反を招き国政は再び正義党の手に渡った。
一方、ミレイ氏は一貫して「義理やしがらみのない政治」を掲げ、悪く言えばアウトサイダーであったが、若者や独立志向の有権者から大きな支持を伸ばし、最終的に2024年12月大統領に就任したのである。

「働く自由を奪うな」──ミレイ流の自由主義
ミレイ大統領は、「道を塞ぎ、人々が働きに行けないようにする行為は、法の下で許されるべきではない」と述べ、デモやストによる交通遮断により、職場に到着することができない毎日という生活妨害に対する厳格な姿勢を打ち出している。これは、デモをしてはいけないということにならず、厳格に周囲を包囲し、一般交通の障害にならないように警備などの指示を厳格に行い実行に移した。
ブエノスアイレス市でもこの影響で市内の移動は楽になり、働きたい多くの人々の自由と秩序を重視する新しい政治スタイルとして注目され、特に公約を実直に実行する、これが特に都市部での支持拡大につながったと思われる。

ブエノスアイレス市議会での勝利は国会選挙への足がかり
──新時代への第一章──
歴代のアルゼンチン政権はそれぞれ、「民営化のメネム」、「民主主義再建のアルフォンシン」、「インフラ改革のマクリ」と、時代ごとの歩みを刻んできた。そして今、ハビエル・ミレイ大統領は、「既存のしがらみに縛られない自由主義リバタリアン」の旗を掲げ、アルゼンチン政治の再編を主導している。
ミレイ政権は、省庁の削減にとどまらず、数多くの公共事業所を廃止・縮小し、汚職の温床となりがちな官僚制度の簡素化に取り組んでいる。その実行力の象徴が、広報官マヌエル・アドルニ氏であり、連日、政策の進捗を国民に説明し続けてきた。
そして今回、アドルニ氏を擁立して挑んだブエノスアイレス市議会選挙において、自由前進LLA党が勝利した。この結果は、来る10月26日の国会選挙に向けた大きな足がかりとなり、ミレイ政権にとって新時代の幕開けを告げる一章となった。
就任からわずか1年4カ月で、200%を超えていたインフレ率は2・8%まで抑えられ、変動相場制(制限付き)への移行とともに、非公式ドル経済に終止符を打つ道筋も見え始めている。
ミレイ大統領は次のように語っている:
「私は経済学者であり、経済のことは任せてほしい。国家が大きくなりすぎ、国民の財布に手を突っ込むような泥棒であってはならない。政治家であると同時に経済学者として、より小さな国家を実現するための経済改革が必要だ」
こうして今、アルゼンチンには「紫の時代」が静かに、確実に始まりつつある。
(2025年5月19日記)