小説=流氓=薄倖移民の痛恨歌=矢嶋健介 著=73

「教育者みたいなことを言うじゃないか。俺たちは同じ立場にいる仲間だろう。その君がどういう権利をもって……」
「権利なんかじゃない。説明をしているのだ。いいか山路。日本は今、世界を相手に戦っている。我々はそれに参加できぬ悔しさを味わっている。しかし、それを表面に出しちゃまずいのだ」
「奴らが、俺たちの土地を横取りしようとかかったのは、ドイツが連合軍に降参した翌日のことだった。英米側に附いていたブラジルにとっては戦勝の休日だった。休日の兵を動かしてこの植民地に押しかけたんだ。敵性国民の土地だから脅して作物の歩合を強要して来たんだ」
「その通りだ。だが、先決問題としてこの騒動を穏便に片付けないと、我々には、家族を抱えた明日の生活があるんだ」
「君は消極的すぎるぜ。このことは一地方の些細な出来事ではない。背後に大きな社会問題がからんでいるんだ。一昨夜、我々が自主的にこの監獄へ入ったのも、その問題に対して組織的に挑戦するためではなかったのか。個人的な明日の生活を慮って弱気になったり、譲歩しようというのなら、君はこの一団と行動を共にする資格などありゃしない」
「その考え方、よく理解できるよ。俺だって胸の内では君たちと全く変わらない。しかしだ……」
 そこまで言い合った浩二は、それ以上の議論は無駄だと思えてきた。平行線をたどるだけで決着がない。馬鹿げた口争いだと自分自身がやりきれなくなってきた。
 ダミオン一味との紛争は、なるほど一地方のみの問題ではなく、背後に世界の動乱がある。その動乱に圧迫され、自由を失った若者たちの堪えがたい鬱憤が、あのダミオン一味への猛反撃という形で爆発したと考えていい。あの時《敵》を前にして生死を賭してもいい、闘ってその場で果てても構わぬとさえ決めていた。
 自分の土地が自分のものでないと言う、如何にも納得し得ぬジレンマ、言語同断な日常生活への干渉、ラジオ、カメラ、書籍、銃刀などの没収、日本語使用、スポーツその他の団体活動禁止で、血気盛な若者たちは居場所を失っていた。
 この考えは山路の言葉と一致する。一致しながらも彼らの言動を抑止しようとするのは、自分の思考に矛盾があるのではないか。あの夜は、捨身でさえあった自分が、何故、今朝になって、家庭を思い、明日の生活を案じ、仲間との行動に躊躇するのか……

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