小説=流氓=薄倖移民の痛恨歌=矢嶋健介 著=46

「浜野がギターで、ボクが歌って見せるからな」
 以前、浜野と同じ耕地で一緒に芝居をやり、猩々役で人気を博したため、ショウジョウサンとも呼ばれている野沢祥三が名乗りでた。彼は少しどもる癖があったが、歌はどもらずうまかった。
 二人の名コンビで、流行歌を次々と歌い、居合わせた娘たちもつい釣りこまれて、野外での一大合唱となった。流行歌が尽きると勇ましい軍歌になった。
 すっかり歌い飽きた和美は、
「静かなところへ行きましょう」
 と、律子の手を引いた。少し行くと大木の先に枝がはね上がっていた。
「律子さん、座ってごらん。枝が揺れてブランコに乗ってるみたいよ」
 和美は均整のとれた身体で、自ら枝の先によじ登った。彼女の胸は月光の下で揺 れ、薄い衣服を透かして肉付きのいい、はちきれそうな肌に、十七歳の青春が躍動していた。
「律子さん、ナモラーダいるの?」
 和美は不躾に訊いた。
「えっ?」
「恋人いるのって訊いているの。私たちの年頃になると、恋人がいても不思議じゃないでしょ」
「かもね。だけど、私今まで、そういうこと考える余裕がなかったわよ」
「私ね、一夫さんていう青年が好きだったの。この土地を一緒に開墾した人よ。今、腰掛けているこのペローバの樹も彼が切り倒したの。私が見ていると妙に張り切って働くの。おかしな青年だと思っていたら、私一人になった時、君が好きだと、言ったの。緊張するとちょっと藪睨みの眼つきになるけど、それがとても可愛かったわ。カーザ(結婚)してもいいと思ってたけど、その人の家族、去年引越してしまったのよ。もと律子さんの家に住んでいた人よ。わたし淋しくて泣いちゃった」
「……」
 律子は、年下の和美からそんな話が出るなんて思ってもいなかった。好きな人がいたなどと人前で言う勇気はない。和美といると自分が知恵遅れの娘ではあるまいか、と戸惑うのだった。
 考えてみると、これは、この国生まれの二世と、日本育ちとの環境の違いからくるものだ。行儀、作法、教養だのと周囲からぎしぎしと詰め込まれて成長した人間と、大陸で何の屈託もなくおおらかに育った人間との相違であろう。

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