日本入国管理センターという闇=〝隠れ移民大国〟の鉄格子なき牢獄=《2》=ノンフィクション作家 高橋幸春

デニスさんへの集団暴行の様子(2019年1月19日)

日本人女性と結婚しても入管施設に長期収監

 デニスが難民であることを証明するための証拠書類、例えば現政権に反対するデモに加わり、警察に身柄を拘束されたが、その時の逮捕状、警察での供述調書。警察で暴行を受けた時やファシストから足を刺さられた時の診断書、カルテなどだ。
「すぐにでもトルコを離れなければならないほど状況は緊迫していた。そうした書類を集めている余裕もなかったし、それを集めることでさらに危険が増してしまう」
 必死に脱出の状況を訴えたが、理解は得られなかった。
「トルコに残る家族もいろいろ手を尽くしてくれたけど、家族にも危険が及んだ」
 証拠書類を揃えるのは断念せざるを得なかった。
 結局、08年6月16日、難民不認定という処分が下された。すぐに異議を申し立てたが、09年12月に棄却された。10年1月7日、2回目の難民申請を提出した。その一方で1回目の難民不認定の取り消しを求めて東京地裁に提訴した。
 これ以降、難民申請をしては不認可処分となり、再申請をし、取り消し処分訴訟を繰り返すことになる。そうでもしなければ強制送還が執行されるとも限らない。
 09年12月1日から仮放免を許可された10年8月18日まで、品川にある東京出入国在留管理局(東京入管)と東日本センターに収容されている。
 仮放免で入管施設からは出られるが、就労は禁止され、県をまたぐ移動も入管の許可を取り付けなければならない。自由はないのに等しい。
 それでも仮放免の期間中に、日本人女性と出会い、デニスは結婚することになる。トルコを出国した時のパスポートは失効している。日本の区役所に結婚届を提出するためには、トルコ大使館で新たなパスポートを発給してもらうしかない。
「申請に行ったら、私には出国禁止の措置が取られていて、一回限りという条件でパスポートを発給してもらった」
 トルコでは難民申請は国家反逆罪とみなされる。帰国すれば待ち受けているのは「迫害」以外の何ものでもない。
 難民申請をする外国人、オーバーステイの外国人をさらに追い詰める通達が16年4月に入国管理局長から各収容所所長宛に出された。この通達には20年開催予定の東京オリンピック・パラリンピックに向けて「安全・安心な社会の実現のための取組」について記載されている。
「近年増加傾向にある不法残留者及び偽装滞在者(以下「不法滞在者等という。)のほか、退去強制令書が発付されても送還を忌避する外国人(以下「送還忌避者」という。)など我が国社会に不安を与える外国人を大幅に縮減することは、(略)喫緊の課題となっています。」
 そのためには「不法滞在者等の効率的・効果的な摘発、送還忌避者の発生を抑制する適切な処遇及び積極的な送還執行について、様々な工夫や新たな手法を取り入れる」必要があるとしている。
 この通達に従って入管は「退去強制手続き業務及び難民認定手続業務の遂行の実現」に積極的に動き出す。その影響はデニスだけではなく、多くの難民認定申請者に及んだ。
 デニスは以下のように長期にわたって入管施設へと収監された。
 2016年5月15日~2019年8月2日(1175日間)。
 2019年8月2日から同月16日までは仮放免。
 2019年8月16日~2019年10月25日(71日間)。
 2019年10月25日から同年11月7日までは仮放免。
 2019年11月7日~2020年3月23日(138日間)

自殺試みた人を更に追い詰める残酷な対応

 サンパウロで暮らしていた頃、オーバーステイ、密入国者がどのように扱われるのか、目撃したことがある。ブラジル政府はこうした人たちに自ら出頭するように呼びかけた。それに応じて出頭してきた者を施設に収容することなどしなかったし、そんな施設も存在しなかった。重大な罪を犯していない限り永住査証を与え、移民として受け入れていた。ブラジル人と結婚したり子供がいたりする場合は優先的にそうした処置が取られた。
 デニスは日本人と正式に結婚もしている。それにもかかわらず16年5月15日以降、収監された日数は1384日間にも上る。ブラジルに渡った移民から見ると、この対応はあまりにも異様で残酷だ。
 長期収容の間、2回だけ、たった2週間仮放免の処置が取られている。これには入管側の思惑がある。
 デニスの健康状態は悪化の一途を辿っている。
 16年5月15日から19年8月2日までの間、長期収容の影響から複数回、自殺を試みている。
 私が冒頭で拷問に思えると書いたデニスへの暴行は19年1月18日午後11時45分以降に起きた。
 デニスが「リラックスできる薬」がほしいと入管職員に要求したことから始まる。居室に備え付けられているインターホンで、入管職員と会話するようになっている。「これまでにもインターホンで来てほしてと訴えても、〈今忙しい〉と無視されたことが何度もあった」
 デニスの前の部屋に入管職員の部屋がある。収容されている自分の部屋のドアを蹴った。
 複数の職員がドアの前に立った。
 それまではクロルプロマジンという薬が処方されていたが、副作用を恐れてデニスは12月4日から服用を中止していた。クロルプロマジンは「主に脳内のドパミンに対して抑制作用をあらわし、幻覚、妄想、不安、緊張、興奮などの症状を改善する薬」とされる。
 職員はクロルプロマジンが処方されていることを理由に、デニスが求めたパンセダンは出せないと答えている。パンセダンは「鎮静作用に効果の高い生薬を配合した植物性の静穏薬」で、一般の薬局でもアマゾンでも購入できる。
 職員と押し問答が始まる。デニスが大声でパンセダンを要求した。ドアの前に待機していた職員がデニスの独居房に入り、処遇室で話すように促す。
「声を張り上げるな。他の部屋で話し合いましょう」
「この部屋から出たくない。話があるならここで話せばいい」
 デニスは部屋から出るのを拒絶した。
「行くよ」
「どこへ、なんで」
 説明を求めたが回答はない。
「私はそれまでに何度もスペシャルルームに入れられている。その後どうなるかわかるから部屋から出るのを拒絶した」

「空気入らない」「首痛い」「腕痛い」

 日付が変わった19日午前0時30分頃、10人以上の職員が部屋に入ってきて、外に連れ出そうとした。デニスは足をバタつかせた。
「助けて、殺される」
 叫び声に異変を察知し、同じ棟に収容されて者が一斉に壁を叩き、声を張り上げた。
「何をするんだ」「デニス、どうした?」
 入管職員が「皆怒っている」とデニスに向かって言った。
「そうではない。私のことを心配して皆が声をあげてくれたんだ」
 部屋に入って来た職員に手足、頭を抑え込まれ、デニスは処置室へ連行された。
 処置室に入れられるなり5人がかりで、仰向けに押さえつけられる。
「うつ伏せにしてから制圧する」
 職員の声が処置室に響く。
 デニスの体は一度横向きにされてから、そのままうつ伏せ状態にひっくり返される。
「制圧」
 職員が叫ぶのと同時に、「ワッパ(手錠)かけろ」と命令が飛ぶ。
 後ろ手に手錠がかけられた。デニスはまったく身動きが取れない状態だ。しかし、職員がさら指示を出す。
「抵抗が見られるので、一回こっちに回すんで」
 映像を見る限り「抵抗」しているようには見えない。後ろ手の手錠と、背後から押さえつけられ、抵抗のしようがない。
 再び仰向け状態。
「何をやっているの、あなたたち」「殺される」「止めて」
 デニスが叫ぶ。これに対して皮手袋をはめた職員がその手をデニスの口にあてる。
「空気入らない」
 呼吸ができないと訴え、首を振ってその手を外そうとする。職員はそれでも手を口にあてがう。
 体の各所を抑え込まれ、「首痛い」「腕痛い」と叫び、「やりすぎ」と訴える。「抵抗しないか」とデニスを問い詰めるが、デニスは身動き一つできない状態だ。
「いいから座れ」と大声で職員が命令する。
 職員に体を起こされ、床に座らされた。
「やりすぎ」
 抗議するデニスに「うるさいな」と応じる職員。
 デニスの後ろにいた職員が両手で頭を押さえ、動かないように固定した。前の職員は皮手袋をはめた左手でデニスの顎をつかみ、手袋を外した右手の親指の先端を左顎関節に強く食い込ませた。
 思わずデニスが叫ぶ。
「痛い」「私、殺したい?」「やめて」「やりすぎ」
 そこには痛点がある。痛点とは刺激を加えた時、痛みだけが発生する点で、人間の体のいたるところに存在する。「痛いか」と確認するようにその痛点を職員は意識的に押しているのだ。
 映画『牛久』でも使われたこの映像は、実は入管が収容者に対して「適切」に対応していることを示すために撮影されたものだ。デニスへ苦痛を与える暴行を「適切」な処遇と認識して、複数の入管職員がなんの躊躇いもなく(私にはそう感じられる)ビデオ映像におさまる現実に、戦慄を覚える。

入管は「苦痛を与える行為は違法とはいえない」

2007年、殺害の危険から逃れ、日本にやってきたデニス、裁判所前で(「クルド難民とあゆむ会」提供、2020年11月13日)

 デニスは東日本入国管理センターで職員から受けた暴行に対して、19年8月10日、国家賠償請求の裁判を起こした。
 映像は原告側の求めに、裁判所が提出を要請、入管側がそれに応じた。
 原告側の主張(原告第2準備書面)にはこうした記述がみられる。
「入国警備官Aは、革手袋を外した右親指を、原告の背骨上部に強く押しつけながら、後ろ手にされた左腕を原告の頭の方へ抱え上げ、その肩関節を痛めつける暴行に及んだ」
 顎関節の痛点だけではなく、筋肉の少ない痛みを感じやすい箇所を狙って親指を食い込ませている。
「原告の上半身を抑えていた入国警備官Aを含む職員らは、後ろ手に手錠をされた原告の腕を上(原告の頭の)方向に押し上げ、原告の腕と肩の関節を無理な形に締め上げた。この結果、原告は『あー。あー』と声にならない悲鳴を上げ、『やりすぎ』『腕痛い。腕』と訴えた」
 こうした暴行を受け、デニスは「殺される」と叫んでいるが、死の恐怖を感じても決して不思議ではない。
 処置室での暴行を受けた後、隔離室に移動させられた。いわゆる「懲罰房」で、収容者は「スペシャルルーム」と呼んでいた。部屋には何もなく、部屋の片隅に排便用の穴が空いているだけだ。その後5日間をこの部屋で過ごすことになる。
 デニスに対する暴行に対して、入管側は「苦痛を与える行為は、違法とはいえないものの、不当な行為として認められる」としている。(つづく、月刊『望星』2022年9月号初出)

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