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持ち金700ドルでカナダ移住=ブラジル人シェフが洋菓子店で成功

アデイルトン・ペレイラ・デ・メロさん(3日付G1サイトの記事の一部)
アデイルトン・ペレイラ・デ・メロさん(3日付G1サイトの記事の一部)

 バックパック一つとたった700ドルを持ってカナダに渡った一人のブラジル北東部出身の男性が、今や20人以上の従業員を抱え、1日に500人以上の顧客を受け入れる人気パティスリー(ケーキやパイなど主に小麦粉をつかった生地を用いる洋菓子店)の経営者となっている。
 新型コロナウイルスの影響で苦境に立たされても諦めずに挑戦し続け、周りの仲間に支えられながら夢を叶えたというそのサクセスストーリーを、5月31日放送のグローボ局のテレビ番組「グローボ・レポルテル」が報道。パッションフルーツの果肉を使用したケーキや、ポン・デ・ケージョ(ブラジル風チーズパン)など、随所にブラジルのエッセンスを盛り込んだ彼の品々はバンクーバーっ子にも大人気だと3日付G1サイト(1)も報じた。
 ペルナンブコ州出身のシェフ、アデイルトン・ペレイラ・デ・メロさんは、2006年に単身でカナダに渡った。「私は人口2万人の小さな町フレイ・ミゲリーニョで、ごく普通の家庭に生まれ育ち、18歳のときに州都レシフェ市に移ってホテルで働き始めたんだ。そこで同僚たちが英語を話しているのを聞いて、とてもかっこいいと思った。それで自分も英語を話せるようになりたいと思うようになった」と振り返った。
 それ以来、アデイルトンさんはカナダへの渡航を考えるようになった。「実家で両親に自分の決心を伝える時、どう話したらいいか迷ったよ。人生で一番難しい会話のひとつだったと思う。生まれ故郷を離れてレシフェに行くのはそれほど難しくなかったけれど、レシフェを離れてカナダに行くのは大きな一歩だった」と彼は言う。
 彼はバックパックと700ドルを持って2006年にカナダに到着した。最初に就いた仕事はパン屋だった。そこから美食の世界に入り、フランスの料理学校ル・コルドン・ブルーで学び、シンガポールで料理の実技を磨き、カナダに舞い戻り、「パティスリーを開く」という夢を膨らませていった。
 新型コロナウイルス感染拡大により経済的な影響を受けながらも、アデイルトンさんは夢を追い求めることやめなかった。「当時、私の貯金は底をついていた。店のオープン当時、銀行口座には40ドルしか残っていなかったんだ」と明かす。従業員を雇う余裕もなく、「助けを求めて友人たちに電話した。彼らは店の掃除や皿洗いなど、夜中の3時まで手伝ってくれたんだ。だから、私は厨房で料理に専念できた。コロナ禍でも屈せず開業まで辿り着けたのは友人たちのおかげ。だから私の決意は揺らぐことはなかった」と振り返った。
 現在、アデイルトンさんのパティスリーには20人以上の従業員がおり、アフリカ人、日本人、韓国人、カナダ人、ブラジル人、スペイン人と国際色豊かだ。1日500人以上の客が訪れる大人気店へと成長した。
 彼は「私の人生は常に感謝、感動、愛に溢れ、そして勝利すると信じて諦めなかった。そして今、さらなる前進を感じているよ」と今の心境を語った。

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