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小説=流氓=薄倖移民の痛恨歌=矢嶋健介 著=142

 食べ物と言えば、三人は朝から何も食べていなかった。蛇の見物どころではない。早速レストランに入って、遅い昼食を注文した。食前に、カイピリンニャ(火酒にレモンを混ぜたもの)を飲んだ。強い酒が廻るとお互いに饒舌になった。
「アラプアンの町は大分過ぎたかな」
 とジョンは言った。
「アラプアンの町はジョンに未練の尽きぬところだったな。あの女、その後どうしているんだ」
 とジュアレースが聞いた。
「タニアか、その後は知らん。いい女だった」
 ジョンはコップを左手で廻しながら、何かを回顧している。
「お前たち、何の話をしてるんだ」
 田守は、少し伸びた髭を掻きながら訝る。
「ジョンはあの町にタニアという娘をおいて、町から追い出されたんだ。俺と知り合った頃から話そう。彼は、アラプアンの町が創設された頃、井戸掘り職人としてやってきた。町には水道がなかったから、居住者は井戸を掘らねばならない。だからジョンの仕事は尽きることがなかった。俺はその助手として仕事をはじめた。俺たちは十七、八歳だったろう。ジョンは金廻りがいいので、週末になると俺を連れて女遊びだ。彼は精力絶倫で二日二晩遊んで、月曜日にはちょっと灰色の顔になっているけれど、平気で仕事にはげむ。家族のことは何も話さないが、働き者で、道楽者なんだ。誰も文句のつけようがない。
 その年から町にフットボール・クラブが誕生して、仲間入りすると、彼はめきめき上達してキャプテンにのし上がった。才能のあるってことは羨ましい。そうなると町の娘にもてもてで、遊んでくれる素人娘が次々と現れ、娼婦に妬かれると、彼女たちも自分の家に招いて饗宴だ。町の娘たちに娼婦が混じるものだから、悶着が起きる。けれどジョンはケロッとしているんだ。郊外の大牧場主の娘のタニアも彼に惚れ込んでしまって、ジョンの出場する試合には決まって友だちと応援に駆けつける。ジョンがボールを蹴る時の四肢の筋肉躍動には耐えられない、なんて失神せんばかりの熱狂ぶりでな。結局はそれらが仇となって、あの町から追い出されたんだ」
 ジュアレースは自分が涎をたらさんばかりの表情で語り、カイピリンニャを口に運んだ。
「タニアとの関係がなぜ追放とつながるんだ」
「それなんだ。ジョン、お前から語れよ」

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