ブラジルで活躍する日系組織の今=20=累計で5千億円超も支援するJICAブラジル事務所

JICAのロゴマーク
江口雅之所長

 「ブラジルで活躍する日系企業の今」を紹介する本連載第20回目の今回は、特別に企業ではなく政府機関の「JICA(国際協力機構)ブラジル事務所」の江口雅之所長に話を聞いた。1959年以来、ブラジル政府と民間セクター、日系社会との連携への協力を3本柱に、日本の政府開発援助(ODA)事業により培った知見やノウハウ、人材を活用して日本とブラジル間のパートナーシップを維持・強化している。

日本とブラジル二国間協力の成果を世界の課題解決へ

 JICAは1954年に日本による海外技術協力を開始した。第2次世界大戦後、1952年に日伯外交関係は再開し、ブラジルでは1959年に初の技術協力(農業灌漑分野の専門家派遣)を行った。資源開発型の国家プロジェクトや運輸交通、農業、環境保全、保健医療、治安、上下水道、防災等、大小多岐にわたる技術協力と資金協力に取り組み、これまで累計5千億円を超える支援を行ってきた。
 ブラジルの国家プロジェクトへの協力として最も代表的なものは「セラード(サバンナ地帯)の農地開発」で、ブラジル政府等を介した資金協力とEMBRAPA(ブラジル農牧公社)をパートナーとする技術協力を通じて、セラード地域の農地34万5千haを対象に生産量500%増大、生産性300%を向上させ、今日ブラジルが世界最大の大豆生産国となる基礎を築いた。

サンパウロで広まった交番システム

 他にも、ブラジルの課題である治安改善について、サンパウロ州では1990年代から市民との交流や信頼関係構築を通じた地域警察活動を導入し、日本の交番システムを参考とする技術協力が約15年間に亘って展開された。
 その結果、日本の協力開始以降、サンパウロ州の殺人件数は、約34/10万人(2000年)から約7/10万人(2018年)に減少した。2019年4月には連邦政府レベルでの地域警察国家指針が制定され、活動は全国に広がっている。
 感染症は古くて新しい人類の脅威となっている。1980年代から4年間に及ぶ技術協力ではワクチンの自国生産を目指し、ブラジルは麻疹とポリオのワクチンの全量自国生産を達成した。感染症対策は、コロナ禍以前から現在も両国の大学や研究機関と共に、共同研究や技術協力を支援している。

ブラジルに伝えた技術協力をさらに第3国へ

 近年は気候変動の影響による自然災害が多発している。JICAは気候変動の「緩和」に資する案件として、森林保全対策や再生可能エネルギーの事業を重視している。
 アマゾン森林の違法伐採対策では、JICAはIBAMA(ブラジル環境・再生可能天然資源院)と共に、日本のJAXA(宇宙航空研究開発機構)の衛星画像を用いて、アマゾンを覆う雲下の伐採状況をモニタリングすると共に人工知能(AI)を用いて違法伐採の予測探知に取り組んでいる。
 この他、パラ州の日系入植地のトメアスにおける持続的農業開発アグロフォレストリーへの支援、太陽光発電事業への融資、ブラジルの産業開発研究・人材育成を担うSENAIとのグリーン水素開発に向けた連携などを図っている。
 一方、気候変動の影響(豪雨、旱魃、洪水、土砂災害等)への「適応」策として、日本は防災分野における知見と経験の強みを有している。雨季のチエテ川の洪水は、サンパウロ首都圏の経済・社会機能を麻痺させてきたが、1990年代から約10年にわたって円借款によって支援した洪水制御のインフラ整備により、チエテ川が氾濫することは無くなった。
 現在も各地で多発する土砂災害対策等を目的に、長期専門家を派遣して防災分野の政策や構造物対策などの技術協力を行っている。
 近年、ブラジルは日本からのこれまでの協力の受益国に留まらず、二国間協力の成果を、さらに中南米地域やアフリカなどの他地域に展開する協働パートナーにも変貌しつつある。「南々協力」ないし「三角協力」と称し、中米諸国での地域警察案件やアンゴラ、モザンビークなどのポルトガル語圏アフリカ国での保健医療や産業人材育成などが展開されている。日本はブラジルとの長年かつ多岐にわたる協力と信頼の実績を基に、世界の食料安全保障、気候変動対策、感染症対策などの地球規模課題に共に取り組むことが可能である。

チエテ川洪水対策インフラ整備(円借款)

民間連携と市民社会参加型協力

 開発途上国の課題解決の有効なアプローチとして、政府や政府系団体向け協力以外に、民間セクター、大学、NGO、自治体が主体となる協力事業もJICAは重視している。
 ブラジル政府は民活イニシアティブを重視しており、実際に民間セクターはブラジルの経済社会開発の中で大きな役割を占めている。JICAは農業、保健医療、電力、環境保全、中小零細企業支援などにおいて民間事業体に対して出資・融資(海外投融資)を通じて支援している。
 現在、世界的にJICAの海外投融資の承諾件数はブラジルが最大国の一つとなっており、今後も民間セクターへの投融資を通じた支援はブラジルにおけるJICA業務の主軸の一つになるだろう。
 また、日本各地の中小企業が有する技術は、ブラジルの様々な課題解決にとっても有効である。防犯、防災、インフラ補強・補修、炭素貯留量測定、廃棄物処理・リサイクル、高齢者介護などのブラジルでのビジネス化に向けた調査や実証事業を支援している。
 近年注目されている本邦企業のスタートアップのブラジルでの展開可能性についても、コンサルティング・サービスを付ける支援スキームを導入した。その支援過程において、JICAが培ってきた政府機関との信頼やネットワークも活かされている。
 市民参加型事業としては、草の根技術協力事業があり、例えば島根県と聖州カサパーバ市の間で実施された小学校教員の環境教育の指導力向上を目的とした事業は、日本から帰国したJICA研修員が中心となって環境教育のメソッドや教材が開発され、2022年には環境教育プログラムが市の法令として制定されている。

進化するブラジルの日系社会と伴に

 日系社会はブラジルにおいて規模を拡大し、浸透度を深め、日本的伝統や価値観の尊重・維持とともに、次世代の出現と非日系社会との融合の中で新たな価値を創出しながら進化している。戦後の移住事業支援に始まるJICAとブラジル日系社会との関係も、時代とともに変容している。
 今後は日本人・日系人だけを中心としたコロニア型からより非日系社会へも開放された活動形態に変化していくことが予想される。JICAではそうした日系社会を取り巻く変化とニーズを汲み、協力隊派遣分野でも従来の職種からポップカルチャー(アニソンダンス、マンガ、コスプレ)やビジネス分野での職種を取り入れてゆく。
 これまでの日系社会との連携事業(訪日研修、助成金事業、協力隊派遣)の成果がそうであったように、JICAの日系社会との連携事業は日系社会の持続・発展のみに留まらず、ブラジル社会の発展にもつながっている。
 江口所長は、「日本とブラジル関係を支える最大の強みは、日本以外で最大規模の200万人の日系人の存在。その恩恵を当たり前に存在する所与のものとせず、日本と日系社会(および在日ブラジル人社会)が互恵的な関係となるための方策を検討・発展させてゆくことが、ひいては日伯関係を盤石にする鍵ともなる」と話す。
 存在感を増した在日ブラジル日系社会への支援や連携も、日伯関係および日本社会の発展にとって重要な事案として受け止めており、コロナ禍中から始まったJICAによる在日ブラジル人コミュニティー支援の日系サポーター研修は、これまで累計16人の日系ブラジル人が日本の各地で活躍している。(取材/大浦智子)

JICAブラジル事務所概要
 正式名称:独立行政法人国際協力機構(Japan International Cooperation Agency、葡名Agência de Cooperação Internacional do Japão)
 所在地:ブラジル事務所(サンパウロ市)出張所(ブラジリア)
 設立年月:1959年2月
 従業員数:40人
 事業内容:ブラジル政府および民間向け協力事業、日系社会連携事業
 サイトhttps://www.jica.go.jp/portuguese/overseas/brazil/office/index.html

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