世界のウチナーンチュ大会写真グラフ=ウチナーンチュ大会開始の内幕=仲里全輝元副知事に直撃

仲里全輝元副知事

 30日夜に沖縄県那覇市内ホテルで開催された玉城デニー県知事主催の世界のウチナーンチュ歓迎レセプションで、たまたま声をかけた相手が、仲里全輝元副知事(86歳)だった。気さくにインタビューに応じて、世界のウチナーンチュ大会創立当時の内幕を語った。
 仲里さんが副知事を務めたのは仲井眞弘多知事の時代(06~14年)だった。だが、その以前 から県庁職員の生え抜きとして、1990年当時、世界のウチナーンチュ大会の準備段階から初期までを現場で支えてきたという。
「副知事をやる以前に県庁内の部長ポストを7つも歴任した」という。県政の実務を誰よりもよく知る一人であり、それゆえに副知事に抜擢された。
 部長時代には「大会を始めるために、世界中にちらばるウチナーンチュに会いに行って根回しをした。沖縄は日本の一部分として行動していても存在は小さくなるばかり。沖縄が発展するためには世界と独自につながらないといけない。沖縄からは移民が世界中に出ているから、そことの絆を強めれば、自然と世界との関係も強まる。そのためには海外沖縄系社会の発展をバックアップしなければならない。その起爆剤として大会を開始するという流れだった」と創成期を振り返る。
 「沖縄の将来は、国境を越えた存在になること。在外沖縄系社会の両輪ともいえる存在は、なんといってもブラジルとハワイ。そことのつながりの強化は最優先課題だった」と懐かしそうに振り返った。

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