特別寄稿=駒形秀雄さんの事=サンパウロ市  垣花八洋夫(かきのはな やよお)

駒形さんは右端

 私が駒形さんと初めて出会ったのは、10年ほど前に「文章会」に入会した時である。文章会は現在「たちばなの会」という名称になっており、月に一度作品を持ち寄って朗読し、感想を述べたり批評し合う会である。
 この会で、駒形さんの提起した「日本文の縦書き、横書き」論争が印象的であった。駒形さんの主張は、すべての日本語表記を横書きにするのが進歩的であり「新聞、小説などの文芸作品」を除いてほとんどの文書がすでに横書きであり、最近の中国語の新聞も横書きであると述べた。
 文章会会員の中にはコロニア文芸界で有名な方々もおられ、結局、この文章会では、数式などを扱う理科系の作品には横書きでも良いという事になった。
 駒形さんは新潟大学の文科系学部を卒業なされ、1958年にブラジルに移住された。総合商社「丸紅」に勤められ、ウジミナス製鉄所建設などに携わられた。仕事柄工学系の知識も豊富になられたようである。
 私も大学では電気工学科を出て、技術移住でブラジルに来た身で、文章会での駒形さんとは工学系の知識がある点で特別なひいきをいただきました。駒形さんはブラジルに帰化なされており、奥さんはミナス出身の方です。
 彼はポルトガル語も堪能でブラジルの現地新聞をすらすら読み、ブラジルの政治、経済にも詳しい事は日本語新聞に投稿されている記事を読めば良く分かります。投稿した文が新聞に載ると、いつも電話をかけてきて、「記事に対するあなたの率直な意見を聞かせてくれ」と聞くのが常でした。
 私は「我々日系人にとって、日常の新聞記事ではよく理解できないが政治などの経緯が、あなたの文章を読んで解るようになりました」と答え、疑問点があれば聞き返したものです。
 最近の投稿文は今年のブラジル大統領選挙候補者の支持率や特徴を挙げており、その中に「身長」という項目があったので、不思議に思い聞いてみたところ、「有権者の中にはハンサムであるとか、体格が良いなどの理由で候補者を選ぶ人もいるものだ」という返事でした。
 駒形さんは去年の中頃まで2年程「新潟県人会長」を務めておられました。県人会の活動もコロナウィルス感染防止の自粛で制限されていたようですが、母県とのやりとりや、県人会員とのやり取りは忙しかったようです。彼の任期中に新潟県人会の餅つき大会で、出来たての餅を買って食べたことがあります。
 DVDで「孤独のグルメ」というシリーズものがあり、駒形さんは主演の「松重豊」にそっくりであった。ただ違う点は、駒形さんは食事をする前は必ず手を洗い、「ゆっくり食べましょう」と言うのが口癖であった。
 それは彼が歯の治療でインプラントを受けたものの、2年程も完成せず、食べ物が良く噛めなかったせいで、特に早飯の私を牽制していたのです。
 コロナウィルス感染防止のため、文章会も2年程休会しておりましたが、休会中もメールで小作品を配信したものです。
 その中で、私が配信した次の川柳を駒形さんは気に入ってくださりました。 
*インド株 株で儲ける 人もいて
*時は今 ピンピンコロナ 望む君
*パンデミア ボロクソのせい 鍋たたく
 駒形さんは近頃は体力が衰えて、歩く速度が女子供にも劣るとぼやいて、いつ死んでも本望だとおしゃっておりました。それを聞いた友人たち皆が冗談だと思っていたのです。

垣花さん

 駒形さんはコロナに罹り、入院した病院から、何度か電話をかけてくださいました。話の内容は病院の食事がまずいとか、看護婦がうるさいとか他愛のないものでした。
 私は「あと数日で退院できるだろうから我慢して下さい」と慰める事しかできませんでした。駒形さんは3回もワクチン接種を受けておられるので、そのうち退院できるものと楽観していました。
 2月3日の夜、駒形さんの奥さんから訃報が入り、「まさか」本当とは信じられず、うろうろするばかりでした。私の人生に大きな穴がぽっかり開いた気分です。
 駒形さんは私に取って無二の先輩でした。享年88歳でした。今はただ冥福を祈るばかりです。
(2022年2月7日記)

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