連載小説=自分史「たんぽぽ」=黒木 慧=第84話

 多分二十五人位の参加でスペインのマドリードを皮切りに、ほとんど飛行機による移動で、フランス、スイス、イスラエル、イタリアと廻り、最後にオランダをじっくり視て帰伯した。美佐子と二人して、一六、八六〇ドルと大金の出費であったが楽しい旅であった。家を新築中でもあったが、この頃はこの様に大金を使っても、まだ新しく家を建てる金銭的余裕があったのである。

 一九九二年
 この年の記録がほとんどないので、何かヒントがないとなかなか思い出せない。
 宮崎からの研修生は万寿和宏君と金丸健一君で、モジの山元さんと瀬口さんが引き受け、パトロンになってくれた。私と美佐子はこの二人の研修生をサンターナ車でペレイラ・バレットの松田金太郎さん(延岡出身)の農場に案内した。金太郎さんはなかなかの頑張り屋で、九十才というのに、妻亡き後、二回もお嫁さんをもらい、その二人にも死に別れて今は一人暮らしである。彼の娘婿がマット・グロッソ州に牛を一千頭位養っているというので、その牧場まで(そこから二五〇㌔)二人の青年を案内した。馬にカウボーイのようにまたがって大変ご機嫌であった。一泊して帰ってきた。
・六月 エコ92と銘打って、リオ・デ・ジャネイロで始めて世界環境サミットが開かれ、地球の環境破壊に警鐘を鳴らした。
・七月 一九八二年に始まった宮崎県農業青年ブラジル研修生OB会、南十字星会十周年記念式典に前田県人会長と荒木理事が出席した。
・七月三十日 宮崎にシーガイア・オーシャンドームが開業した。
・八月にはスペインのバルセローナでオリンピック大会が開催された。
・九月にはコーロル大統領が汚職容疑で下院で弾劾可決された。

 一九九三年(平成五年)
・一月十日 次女恵美と今里エジソン啓君の結婚式がエンブー市のシャーカラでとり行われた。恵美二十九才、エジソン君三十二才であった。今里エジソン君は家電関係の技術者で、福岡県出身の今里勉さんと港さんの長男である。兄弟は、はやと君、たけし君、妹はかえでちゃんである。父君の勉さんはブラジルの囲碁界の大先輩で、ブラジル碁院の理事長を長く勤めた人である。
・一月十日より私共の農場で研修生であった宮崎県日向市塩見出身の松木親則君と日之影町出身の甲斐幹君(黒木政助農場配耕)、三月十一日よりミナス、リオ方面の旅行に前田政行県人会長と私が案内した。

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