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《記者コラム》ルーラの真の敵はテメル元大統領か=気になるグローボとの蜜月、中露配慮

2023年1月31日

イデオロギーに執着するルーラ3

CNNブラジルのインタビューに答えて「悪党の扱い方は知っている」と答えるテメル元大統領
CNNブラジルのインタビューに答えて「悪党の扱い方は知っている」と答えるテメル元大統領

 ルーラ大統領は25日、ウルグアイ訪問中の演説で、ジウマ罷免の後に大統領に昇格したテメルを「クーデター指導者(golpista)」と呼んだ。ジウマをクーデターの被害者とするような歴史修正を試みているとの批判が上がっている。大統領府公式サイトにもそう表現してあり、野党や政権内から反発が出ている。
 政権内には、ジウマ罷免に賛成票を入れた閣僚がアウキミン副大統領、シモネ・テベテ企画予算相、マリナ・シルバ環境相ら7人もいる。つまり大統領は、政権の総意としての意見を表明していない。ルーラは「国民全員の大統領」ではなく、あくまで「PTの大統領」として振舞っている。
 対するテメルは26日、CNNブラジルでドラ・クレイマーの取材に答え、《ブラジルの未来を守るために選挙に勝ったにもかかわらず、ルーラ大統領は、演壇に足を置き続け、バックミラーに目を向け、イデオロギー的な解釈で歴史を書き換えようとしている》(https://www.cnnbrasil.com.br/politica/dora-kramer-em-resposta-a-lula-temer-disse-que-sabe-lidar-com-bandido/)と反発した。
 さらに《なぜ彼(ルーラ)がこんなことをしているのか理解できない。もしも彼が挑発し続けるなら、私はいくつかの真実を話す。私は治安長官も任じたことがあるから、どう悪党(bandido)を扱えばいいかは知っている》と自制的な人物として知られる元大統領としては珍しく、厳しい口調で語った。
 ジウマ政権の副大統領だったテメルは、政権の極秘事項を知っている。ルーラが敵に回してはいけない一人だと思うが、第1期や第2期と違ってPT原理主義者に戻ってしまったように見える第3期ルーラ政権(ルーラ3)には、そのような判断は利かないようだ。
 政権についた後も「演説台から降りない」という意味で、ルーラとボルソナロは思想傾向の向きが違うだけで、イデオロギーに捕らわれた原理主義的な行動はそっくりに見える。

南米共通通貨は隣国盟友へのリップサービスか

アルゼンチンのフェルナンデス大統領(左)と会談するルーラ大統領(Foto: Ricardo Stuckert/PR)
アルゼンチンのフェルナンデス大統領(左)と会談するルーラ大統領(Foto: Ricardo Stuckert/PR)

 ルーラが最初の外遊先アルゼンチンで、フェルナンデス大統領と共に南米共通通貨創立の検討を始めるとの記者会見をしたことが世界中で波紋を呼んでいる。これはサルネイ時代の「ガウーショ」からの古いアイデアだが、今回は選挙を控えた左派盟友へのリップサービス、ブラフ(はったり)に見える。
 今年10月にアルゼンチンでは大統領選が予定されているからだ。クリスチーナ副大統領の汚職問題、昨年94%まで高まったインフレ、自国通貨ペソの暴落、40%台に達した貧困率など政治的にも経済的にも最悪状態の中で迎える選挙だ。
 アルゼンチン側が当初「単一通貨(moeda única)」と敢えて(?)表現したため、ユーロのような通貨統合の誤ったイメージがもたれた。まるでブラジルと共通通貨を作って、アルゼンチンが長年苦しむドル建て債務の悪夢から解放され、通貨安定が進むアイデアであるかのように広まった。その方が、隣国の国民向けには良く響く。
 だがハダジ財相が弁明している通り、「共通通貨の実現可能性の調査開始」レベルで、しかも一般に流通する訳ではなく、2国間貿易で使うだけのデジタル通貨だ。市民生活に関係ないし、実現可能性は低い。伯国側に必要性が低いからだ。
 だが、これが隣国へのリップサービスだと分かれば、禁じられている「隣国選挙への政治干渉」として大問題になる。
 同じ時にルーラは、社会経済開発銀行(BNDES)がアルゼンチンなどへ融資再開を検討することも発表した。振り返れば、PT政権時代にキューバに港を作るために同行が融資したうち、同政府が返済したのは3分の1未満。同行の外国への融資のうち、少なくとも11億米ドルが未払いと報じられている。ルーラはそんな大盤振る舞いを再び始めようとしている。
 ガゼッタ・ド・ポーボ紙は24日付社説で《ブラジルの外交政策は、ブラジルの利益を最優先するためにバランスよく行われなければならない。外国との交渉は、我が国に明確な利益をもたらす必要があり、保護主義や古い友情に基づくものではなく、独裁政権への譲歩を認めるものでもない》と在ベネズエラ伯国大使館再開や今回の件に釘を刺す。
 4年前、前回のアルゼンチン大統領選の時に当時現職の右派マウリシオ・マクリ氏を熱烈に応援していたボルソナロ大統領は「マクリ氏が負けたらアルゼンチンがベネズエラになる」「マクリ氏敗北となった場合は、南米共同市場(メルコスル)からのブラジル離脱もありえる」と発言してメディアで大問題になっていた。
 だが南米共通通貨に関してメディアは「隣国への選挙干渉だ」と批判しない。まだ「就任直後の蜜月期間」なのだろう。

選挙前からルーラと蜜月関係になったグローボ

 現地メディアの中でも最大手グローボTV局が、ルーラ大統領と蜜月関係になっていると波紋を呼んでいる。
 ジウマ罷免の急先鋒だった同局の看板ニュース番組ジョルナル・ナショナルのキャスター、ウイリアム・ボネルは、昨年10月の大統領選のルーラ出演時に「あなたは法律的に何も問題ない立場ですね(O senhor não deve nada à Justiça)」とお墨付きを与えるような言葉を放ったことが当時話題になっていた。
 ラヴァ・ジャット裁判によるルーラ2審有罪判決はいったん無効化されたが、今後ブラジリアの裁判所でやり直す段階であり、もしも今回の大統領選で負けていたら「法律的に何も問題ない」立場であり続けたかどうかは限りなくグレーだ。
 決選投票で勝った直後の11月、ルーラの新妻ジャンジャは同局ファンタスチコを選んで、30分のロングインタビューを受けた。年始早々、妻ジャンジャはグローボニュースの政治コメンテイター、ナトッーザ・ネリを大統領府に招いて、ボルソナロが施設内を壊れたまま放置していった様を独占で告発させた。
 さらに18日、同じくネリにやらせる形で、ルーラの初独占インタビューを午後6時のグローボ局ニュースの枠を使って1時間15分も放送した。元々50分間の予定を、大統領の「もっとしゃべりたい」という要望を受けて伸ばしたと報じられている。
 このようなグローボとの蜜月関係に関して、テラ・サイトにメディア分析を寄せるジェフ・ベニシオは18日《なぜグローボとグローボニュースはルーラとジャンジャにひいきされているのか》(https://www.terra.com.br/diversao/tv/por-que-globo-e-globonews-tem-a-preferencia-de-lula-e-janja-para-entrevistas,3b3872320a3072eef27925f7b4601a821qraefjt.html)とのコラムを発表した。
 それは《政界では、昨日の敵は今日の友という現象はよくある。これはルーラとグローボ・グループの関係にも当てはまる》との書き出しで始まる。それによれば昨年1月の段階では、左派ジャーナリストとの昼食会で、ルーラは「最大のメディア創業者一家との冷淡な関係を嘆いた」とジアリオ・セントロ・ド・ムンド紙記者がレポートした。
 だが選挙直前の昨年6月ごろ、ルーラの右腕フェルナンド・ハダジが、グローボを所有するマリーニョ家を訪ねて密談したことが報じられた。そして《昨日の敵が今日の友》に変わった。
 ベニシオは、ネリが以前から首都政界では政治家が嫌がる質問をしないタイプのジャーナリストとして深い信頼を得ていたことをひいきの理由の一つに上げた。その彼女が昨年末からグローボニュースのポッドキャスト責任者に昇格した。
 ネリの前任は、ルーラ1時の大スキャンダル「メンサロン事件」の発端となるロベルト・ジェフェルソンのインタビューをしたことで高名なレナータ・ロ・プレッチだった。「何を質問されるか分からないジャーナリストからはインタビューを受けなくない」と考えるルーラには、レナータは危険すぎる相手だった。ネリに変わってから蜜月になった。
 ベニシオはルーラにとってのメリットとして、《グローボは無料地上波チャンネルで断トツの視聴率を誇り、グローボニュースは有料TVニュースチャンネルで首位に立つ。二つのネットワークのゴールデンタイムは、自分自身を守り、敵を攻撃し、同時にできるだけ多くの人々にメッセージを伝える必要がある政治家にとって最高の見せ場だ》と分析する。
 もしかして大統領選で僅差を制した最大の理由は、ウイリアム・ボネルを代表とするグローボの好意的な姿勢だったのかもしれない。

中ロとの接近が予想されるルーラ外交

 BRICS、中でも中国とロシアとの関係は今後のルーラ外交で注目される点だ。ルーラはロシアとの関係も重視する。この立場はボルソナロと変わらない。農業界はロシアの肥料に依存しているからだ。
 27日付フォーリャ紙サイト《ウクライナに戦車用弾丸供給というドイツの要請をルーラが拒否》(https://www1.folha.uol.com.br/mundo/2023/01/lula-veta-envio-de-municao-do-brasil-para-tanques-na-ucrania.shtml)では、《ルーラはロシアを刺激するのは良くないと断じた。ブラジルは22年2月24日に始まった侵略を国連で非難したにもかかわらず、経済的な理由から、プーチン大統領のロシアに対する制裁に参加することを拒否し、中立的な立場を維持している》。
 さらに《ルーラは(昨年の大統領選挙中)、プーチンには歯向かわずに戦争を非難する路線をとり、ウクライナ政府のロシアのプロパガンダ発信者リストに載ることになった(中略)。ロシア側はブラジルの立場をありがたく思い、プーチンは10月の決選投票前にフォーリャ紙の取材に答えて「ルーラとも、最後に敗れた相手とも非常にうまくやる」と述べた》とある。
 一方、中国との関係も重要だ。ブラジルにとって中国が米国を抜いて主要貿易相手国になったのは、ルーラ2の09年だった。以来、両国の経済関係は強度を増す。
 BBCブラジル8日付《ルーラ政権で伯中の関係はどう変わるか》(https://www.bbc.com/portuguese/brasil-64183029)によれば、《ブラジルにとって最大の貿易黒字国は中国だ。これは中国への輸出を通して、国内に多くの資金が流れ込み、国内経済を改善していることを意味する。一般的に中国は相手国に対して黒字であるため、ブラジルとの関係は非常に珍しい》と指摘し、ブラジルが輸出する資源や食料は中国の生命線であることを示した。ルーラはそんな中国を2月に訪問し、次の段階に引き上げようとしている。
 だが中国とブラジルだけの貿易協定は結べない。ウルグアイが中国と貿易協定を結ぼうとしてメルコスル崩壊の危機を招いている。それを止めるためにルーラは25日にウルグアイ訪問し、ラカール・ポウ大統領との会談後、「EU(欧州連合)との協議を強化し、中国メルコスル協定の可能性を議論できるようする」と発言した。
 EUメルコスル貿易協定は19年に調印されたが、関係各国の議会で批准する必要があるため、まだ発効していない。欧州ではフランスなどの国々がボルソナロ前大統領政権の環境政策を批判しブレーキをかける。
 これに関して26日朝CBNラジオで、カルロス・アルベルト・サルネンベルギは《PTは実はメルコスルEU協定はやりたくない。だからPT政権の間、ずっとこの協議を先送りしてきた。それをテメル政権が一気に進めた。今度、ルーラはメルコスル中国協定を言い出した。南米にとって貿易協定があろうが無かろうが、すでに中国は主要貿易国だ》とコメントしていた。
 つまり、ルーラは口では「メルコスルEU貿易協定を進める」と言いながらも本心では進める気がなく、むしろ中国との関係を強化する方向に持っていこうとしている可能性がある。

ブラジル政界のラスボスはテメルか

ボルソナロに大統領のタスキを渡したテメル(Créditos: Divulgação/Twitter @micheltemer)
ボルソナロに大統領のタスキを渡したテメル(Créditos: Divulgação/Twitter @micheltemer)

 ルーラ3の特徴はPT失政に学んだテメルが打ち出した対策を、ことごとくひっくり返そうとすることにある。
 副大統領だったテメルは、PT政権を潰すために半年掛けてジウマ大統領の罷免審議を進めるという大仕事を実行。その後、ドラ・クレイマーのインタビューで自ら説明しているように、2年半の大統領任期しかなかったのに、労働法改正を行って1350万人もいた組合員を1050万人まで減少させてPTの支持基盤を弱体化させて企業活動に貢献。社会保障改革で年金制度の安定性を高め、ペトロブラス汚職で見られた政治家の公社関与を減らす公社法を作り、メルコスルEU貿易協定をお膳立てした。
 さらに、PTの失政で国内総生産(PIB)がマイナス5%だったのを1・8%に上げ、二桁インフレだったのを2・75%まで抑え、経済基本金利(Selic)を14・25%から6・5%まで下げた。それらの成果として失業率は13%から8%まで落ち、ボベスパ指数は45千ポイントから85千ポイントまで上げた。それに続いたボルソナロ政権はその享受した。たった2年半でこれだけのことをした大統領は他にいない。
 注目集まるボルソナロの天敵アレシャンドレ・デ・モラエス最高裁判事を任命したのもテメルだ。グローボなどメディアと馴れ合わなかったので「MDBの汚職政治家」とのイメージをさんざ喧伝され、ジャノー連邦検察庁長官から2度も罷免審議を起こされながら、しのぎきった。それだけ嫌疑を受けてもルーラのような有罪判決は一切ない。
 極めつけは18年大統領選挙に出馬せず、潔くボルソナロに大統領のタスキを譲ったことだ。ボルソナロは18年の選挙運動中「2期目をやると癒着が進んで汚職につながるから再出馬しない。政治交渉はやらない」と潔白性を宣言しておきながら、結局はセントロンとズブズブになって再出馬しドツボにはまった。
 だがテメルはセントロンのラスボス(最強のボスキャラクター)的な存在として今も力を持ち続けている。いざとなれば、セントロンを総動員してルーラ罷免を画策しても不思議はない。
 イデオロギーに拘らないテメルは、ルーラにとって一番苦手なタイプかも。ルーラの真の敵はボルソナロではなく、テメルか。(敬称略、深)


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