右の経緯から、正体不明のラジオ放送とビラ、パンフレットが、この章の冒頭で記した「祖国日本は戦争に勝ったと信じる戦勝派」が生れるキッカケとなった――という観方が一応成り立つ。
実際は「生れる」という部分が違うのだが、それは後述する。
では誰が、何故、そんなことをしたのか?
ラジオ放送に関しては、
「戦時中、上海か何処かに日本の工作機関の様なものが在って、外国在留の邦人の士気高揚のため、戦勝報を発信していた。終戦後もしばらく、それを続けていた」
といった類いの推定が、一時、存在した。
しかし押岩の話によれば、普通の受信機で聞けたという。とすれば、発信地は国内、それも意外に近くであったろう。
ところがシンガポール発とかボルネオ発とか言っていたという。ニュー・デリー、カナダ、ロンドンの時もあった。
あるいは、そこから発信されるニュースを受信し再放送しているという意味であったかもしれない。
が、当時の日本軍の進出地域からすれば、シンガポール、ボルネオはともかくとして、ニュー・デリー、カナダ、ロンドンはあり得ない。
日本の工作機関が、そんな素人臭い嘘をつく筈がない。
文協の日本移民史料館に一冊の手記が保管されている。表紙には、
「ラジオ・ニュース控え
ノロエステ線グアララペス駅コルゴ・ナッセンテ植民地 高山光次」
とある。
中には、戦時中の東京ラジオの戦況ニュースが、克明に記されている。ところが、末尾に全く別のそれが出てくる。
「八月十八日、マリリア市受信ニュース
〇米艦隊第一、第二、第三 千弐百隻太平洋ニ於イテ全滅セリ、八百隻撃沈、三百隻、白旗を挙ゲテ横浜ニ入港セリ
〇帝国ハ四十二ヶ国ニ無条件降伏ヲ勧告セリ
〇英国ハ既ニ降伏セリ、米国ハ銀行取付ケニ対スル準備の為十八日午前三時三十分日本ニ向ケテ無条件降伏ス」
などという文章が続いている。正体不明のラジオ放送の一部である。
これを見ても素人臭い嘘であることが判る。
筆者は、この正体不明のラジオ放送は、邦人の誰かが、サンパウロ州内の何処かで、発信していたと推定している。無論、当局の許可を得ぬモグリの放送であった筈だ。
当時の移民の中に、ラジオ放送など出来る技術の持ち主が居たのか…という疑問は当然湧く。ラジオは時代の先端を行く文明の利器であった。
しかし実は戦前から、サンパウロ州内の(地方都市を含めて)民間のラジオ放送局は、日本人向けの番組も制作・放送していた。それには日本人が参加していた。自分達で番組を制作、局から時間を買って放送したことすらあった。
ラジオ放送は多少の経験と簡単な装置さえあれば、難しいモノではなかったのである。
ちなみに、終戦から数年して世の中が落ち着いた頃、外国語の放送が許可されたが、一九五〇年代初め、日本語の番組がサンパウロ市内には五、地方には十一あった。
放送局から、数十分単位の時間を買い取っての放送であった。
知らぬ人には意外な事実であろうが、この数は、その後も激増して行き、放送局まで持つようになる。(1964年革命の後、外国語番組は禁止された)
つまり、かなり早くからラジオ放送に馴染んでいた邦人が居たのだ。
問題は、戦時中から前記の放送をしていたその動機である。
短波の受信機を持たない人々に祖国の戦勝ぶりを知らせるといった動機からであったとすれば、戦時中は東京ラジオの大本営発表を受信、そのまま報じればよい。
それをせず自作でやり、戦後も偽造ニュースを流したのは何のためか?
金にもならず逮捕の危険もあるそんなことをしたのは何故か?
発信者が放送マニアだったからではあるまいか。
彼らは終戦後しばらくして、それを止めた。
その理由はともかくマニアであれば、放送そのものを完全に止めることは出来なかったであろう。外国語放送が解禁された時、再開したことは十分考えられる。
資料類によると、解禁後の、地方都市での日本語の放送の中に男女一対のアナウンサーが何組か居ったという。その中の一組だったのではあるまいか?
押岩談の中の「アナウンサーは男の場合もあれば女の場合もあった」という部分からの推定である。
次にビラやパンフレットであるが、こちらは一枚あるいは一部幾らで売っていた。
記事は、右の正体不明のラジオ放送を転用したり、ポルトガル語の新聞・雑誌類の日本の敗戦に関する記事や写真を戦勝報に改竄したりしていた。
それを売ったのだから明らかな詐欺である。
こちらも誰がやっていたかは不明である。
ラジオ放送の発信者もビラ、パンフレットの発行者も、その痕跡から観て、数は少なかったであろう。全部合わせても数グループだったのではあるまいか。
何処にでも居るつまらぬ少数の人間が、そのマニア性あるいは小銭稼ぎでやったことであろう。
右の推定が当たっているかどうかは別として、彼らの放送やビラ、パンフレットが、邦人の多くが状況を誤認してしまう一因となったのである。
しかもこの誤認が、日系社会に大災害を齎すことになる――などとは、当人たちは想像もしていなかったであろう。(つづく)