小説=「森の夢」=ブラジル日本移民の記録=醍醐麻沙夫=98

 しかし、今では一アルケール当り百五十ミルの伐り代を払える家族はない。運平は困ったが、新しく入植しはじめた家族のをほんの申し訳に伐ってもらうことにした。マラリヤに遇わなかった家族は請負師を頼む余裕があった。クストリオもマラリヤの惨状を聞いていたから違約をせめず、小面積の仕事を引受けてくれた。
 請負師は斧使いに一日五ミル、鉈使いに四ミルの日当を払う。道具は請負師の負担である。悪質な請負師は飯場で人夫に煙草や酒を高く売り、日曜日には女を連れて来てその上前をはねるという。クストリオは一切そういうことをせずに仕事の能率を上げることを第一にしていた。だから、彼の配下には優秀な人夫が集まっていた。
 クストリオの配下が森を伐り始めると、見学にいった人々はその鮮やかさに目を見張った。一日汗みどろになってもいくらも伐れない木が、彼等の手にかかると勝手に倒れて行くようにさえ見えた。普通の木は二人の斧使いが向い合って伐る。一米以上の大木は四人が四方から斧を打ち込む。もっと大きな木は六人が二人ずつ組んで三方から伐る。そうやって二人が組んで一ヵ処に斧を打ち込む為には、斧使いは前後左右どちらからでも重い斧を自由自在に扱えなければならない。どんなに足場が悪くても切口は二十センチ以上の幅に広がることはなかった。
 亭々たる大木にとりついた六人のうち三人が斧を振りおろす。カーンと一つの響きしかしなかった。次の組の斧も又、カーンと一つに響いた。相手の姿も見えない大木なのに、二つの音だけがリズムカルに森に響くのだった。
 仕事の手順を考えて、木が倒れる方向は寸分の狂いも許されない。彼等はかしいだ木を反対の方向へ倒すことさえできるのだった。複雑に蔦がからんだ樹木は一本伐っても倒れない。次々に十本も伐るとメリメリとすさまじい音響を立てて一斉に倒れる。いつ、どの方向へ何本を倒すか… … 彼等は実に適確に仕事を進めた。斧使い達は一人一人が自分の技術に誇りを持った山男たちだった。
 「なんとまあ!」
 「モチはモチ屋と言うが大したものだ」
 見物している入植者たちは開いた口がふさがらないのだった。
 自分たちが伐ると、木の性質も知らないから、柔らかいつもりで斧を打ち込むとガッと硬い音がして、手がしびれたり刃が欠けたりする。枯木や「鉄木」などは斧も刃が立たないからいじってはいけないのだ。(つづく)

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