小説=流氓=薄倖移民の痛恨歌=矢嶋健介 著=144

「ダイヤモンドは、まだ、山ほど出るのか」
 おどけて、田守は訊いた。
「酒宴の墟だ。隠れ場所にはもってこいだ」
「そうか、そこで休暇をとることにするか」
 
(九)
 
 山小屋はまだあった。が、何年も放置されているので周囲は雑草に覆われ、辛うじて屋根だけが見えていた。車は山小屋まで近づけない。二人の者が棒切れで草をなぎ、それを踏みつけて古い道の跡を探した。どうにか道らしい目印をつけて車を乗り着けた。屋内は黴の匂いがし、土間の所々に雨漏りの穴があいていた。
「修理せにゃならんが、新しく建てるより手間が省けるかな」
 半分朽ちた山小屋でも建っていたことに安堵し、三人はアラポアン市から求めてきた生活必需品を肩にして屋内に収めた。竈の上の棚はジョンの思い出に残っていたものだ。田守はそこへ酒壜を数本並べた。米、塩、砂糖などは箱のまま、土間の片隅に置いた。
 熱帯の太陽は草木が萎えるほど射しつけ、三人は全身、汗だくになっていた。むっとする草いきれの中で煙草をくゆらせながら、田守が言った。
「鍬が欲しいな、周囲の草を薙ぎ倒すとさっぱりするんだが」
「そうだ、あの時放置した鍬があるかも知れん」
 ジョンは、裏藪の雑草を分けて進んだ。半信半疑で田守たちも後に従った。大きな倒木の下に真っ赤に錆びた鍬が見つかった。鉱床土砂を流水で濯ぐペネイラ(篩)と、鶴嘴も一緒にあった。
「よく盗まれなかったものだな」
「こんな辺鄙なところへは誰もこないさ」
 朽ちた鍬の柄は、軒下に残っていた予備の棒にすげ替えた。三人とも百姓の経験はあるので鍬捌きはうまい。交代で山小屋の周囲の雑草を削り、さらに川岸へ通ずる径も除草した。
 小川の西側には、三〇メートルを超すであろうジャトバーの巨木が夕日を浴びて天に伸び、巨大な樹冠を広げていた。
「ここが、俺の求めてきた楽土なのか」
 田守はジャトバーの樹に自分の姿を重ねて苦笑した。これまで生きた四〇数年が、果たして何のためだったのか、説明もつかない。差し当たり、この幽境で休養するのも悪くない。
「どうだ、いい処だろう」
 ジョンは田守の思惑を見据えたように言った。
「うん、気に入ったよ」

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