小説=流氓=薄倖移民の痛恨歌=矢嶋健介 著=120

 女の子は温順に育つほうがよい。家庭より学校の時間が多くなると、自然と周囲の環境に支配されやすくなる。ラテン系の快活で人懐っこい人間の影響を受けたのか、言葉や動作が軽薄に見える。しかし、これが現代っ子気質であるらしく、友人間では受けがいいようだし、店の小僧やお手伝いとも仲がよい。どちらかと言えば、父親の方こそ、へそ曲がりと見られているらしいのだ。
 
(三)
 
 妻の四十九日の法要を済ませた安堵感によるのか、諸々の雑事から開放された気安さによるのか、私の身体から、何かが離脱したような茫然とした日々が続いた。そうしたある日、歌友の吉本純二がやってきた。
「中嶋いるかい!」
 自らを励ますような大声を上げて入ってきた。元気よく振舞っているが、その実気の弱い男で、貴美の死を悔むのに形式ばった言い方を試みて、すぐに言葉を詰まらせてしまった。
「俺は、何も言わない。言わなくても訪ねてきた気持ちは解るだろう?」
 そう言って、吉本は私の手を固く握り、肩を強く叩いた。吉本との交際は長い。初めて会った時、私はまだ独身で、S通りに小さな写真館を購入し独り歩きを始めたばかりだった。時どき邦字新聞などに小編を発表していたので、そんな私を知るための好奇心から訪ねてくれたようだ。
 その頃、吉本は海浜のイタニャエン市で貝細工工房をもち、それが当たって羽振りのいい生活をしていた。夫人がほとんど切り廻して、彼は細工用材料を仕入れるためにサンパウロ市に出ては飲み歩いていたそうだ。料亭に私を連れて行ったのも彼だ。いつもマドロスパイプを咥えて泰然としているポーズはハッタリめいていた。吉本は映画俳優に志願して、台詞を充分にこなせず落第してブラジルくんだりまで来たという。彼のダンディなポーズはそうした役者志願の名残りかもしれない。
「一杯やりますか」
 愁傷気分を振り払うように私は言った。
「それを言いそびれていた。少し不謹慎かな」
 吉本は肩をすぼめた。そして、私の注いだビールを続けざま二杯飲み干した。
「うまい。喉が渇いていたんだ」
「君の奥さんは気さくないい人だった。俺がいつきてもいやな顔一つ見せず、あり合わせの物だけどと言いながら、精一杯の手料理を作ってくれたものだ。俺が遠慮のない口を利くのを全く気にせず、笑顔でビールを注いでくれた」

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