小説=流氓=薄倖移民の痛恨歌=矢嶋健介 著=119

 水っぽく炊きあがった飯に、味付けの悪い牛肉、フェイジョン(煮豆)といったおかずを添えて、店の小僧、お手伝いとその子供、私の四人はほとんど無言で夕食を終えた。私は彼らの機嫌をとることをしないので、彼らは私を煙たがっているようだ。私の前では、お喋りも遠慮している。そんな雰囲気に私はいつの間にか慣れていた。
「ただいま!」
 和子が折りよく学校から戻った。
「遅いんだな」
 私は仏頂面をして言った。
「乗り物が混んでいて、なかなか乗れなかったのよ。それにバス停で秋野さんに掴まって話してたもんだから……」
「秋野さん?」
「そう秋野さんよ。あの人もう短歌作っていないの?パパイに永いこと会っていないけど元気でしょうねって言ってたわ」
「秋野、朋子さんだな」
 私も、歌作にかなりの熱を入れ、コロニア歌壇の中堅だなどと言われて気をよくしていた一時期もあった。最近は私の属していた《写実短歌》と傾向の異なる主情的、或いは抽象的作家が多く現われている。新時代を創造する意味で、それはそれなりに喜ばしいことなのだが、私自身は、妻の発病とその看病、そして死に到る苦境の中で、作歌する情熱を次第に失っていった。
 秋野朋子は、私が短歌に熱中していた頃、時どき歌会に顔を出していた新人で、血色のよい大柄な女性だった。宴会な どでは男性と対等にビールを傾け、短歌よりも酒席に人気があった。いつか、ひとり娘が飛行機事故で夭逝し、その後、間もなく夫が肝硬変で逝くといった不幸が続き、いつとはなく歌会からも遠ざかってしまった。噂では、ある宗教に身をおいているということだった。
「あの人ヴィウヴァ(未亡人)だったのね。色眼鏡なんかかけて、きれいだったわ」
「不幸な人だったが、立ち直ったのかな」
 彼女の面影を追いやる気持ちで私は言った。
「いつか、うちにお邪魔するかもってよ」
「そうか」
「浮気しちゃ駄目よ。パパイ。ママイがあの世から足を引っ張りにくるってよく言ってたわよ」
 和子は私の表情を見て、茶目を言いながらお手伝いと小僧にウインクをして二階へ上がった。
「ジャンタ(夕食)はしないのか」
「友だちとサンドイッチを食べたから要らない」

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