小説=流氓=薄倖移民の痛恨歌=矢嶋健介 著=63

律子への手紙
 
 しばらく御無沙汰してしまった。自活の道が拓らけてから便りするつもりでいたが、これでいいと思う生活の目途はなかなかたたない。自動車の免許をとって、現在、トラックで農作物を町に運んでいる。世界動乱の影響でガソリンが不足し、木炭ガス駆動のトラックなので、速力がでないばかりか、登り坂にさしかかると、しばらくガスを蓄え、それから馬力をかけて一気に駆け登るといった冒険をやらねばならい。時として生命がけの仕事だが刺激があって面白い。
 この朝日植民地の周囲はいくつもの日本人の集団地があって、結構仕事も多い。これで一儲けできたら町で小さな雑貨店でも開けようかと考えていたが、近頃はどうも世情がざわついていて心が落ちつかない。
 第一に、世界の戦争の行方が混沌としていて、若者が集まると取り留めもない甲乙論を闘わす。これではいけないと自分で自分を戒めているが、周囲のものがそれを許さない。集団は禁じられているものの、食堂などに入るときまって何人かの男たちが食卓をかこんで戦況を話し合っている。声を大にして論ぜられぬけれど、裡にこもる憂国の思いは迫力と熱意がこもっている。
 日本の運命を左右するこの非常時に敵国に利する養蚕や薄荷を栽培する農家がふえている。絹糸は落下傘の原料となり、薄荷は毒ガス、航空機の冷却装置に使用されるというじゃないか。日本人として敵国に荷担するような生産活動は断じて許されない。これは売国行為だ。これを黙視したのでは我々も国賊と呼ばれても仕方あるまい。
 そういう話を耳にするとじっとしていられなくなる。この国に住んでいても俺は日本人なのだ。何かで御国のために役に立ちたい。そんな思いに傾いていた時、もと帝国軍人の脇山甚作氏が、何人かの有志と《興道杜》を組織し、暗に売国行為者を戒めていると聞いた。
 それに参加しないかと誘われたとき、俺は身ぶるいしながら興奮した。日本にいれば、戦場で戦わねばならぬ年齢だ。俺の親父も日露戦争で活躍した。移住した自分は第一線で戦うことはできないとしても他に盡忠報国の道はある筈だ。
 最近話題になっている養蚕家や薄荷生産者を訪問、生産を中止するように勧めるのも一つの奉公であるように思えた。来年から止めると率直に聞き入れた家族もあれば、
「お前たちはわしらの生産を妬んでいるんだろう。養蚕、薄荷がいけなくて綿作ならいいという理論はどこから出たんだ。国の発展を潤すのはどちらも同じだ。それが悪いとなれば我々は生きていけないでないか」

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