小説=流氓=薄倖移民の痛恨歌=矢嶋健介 著=49

「人違いかもしれないし、やはり出かけるのは止めるわ」
 律子は、一刻も速く隆夫たちに再会したい気持ちを抱きながら、同時に避けねばならぬ心の迷いが、辛く、もどかしかった。
 
第四章
 
邂 逅
 
 添島植民地は、労働者の住宅地点から北方向へ四キロ伸びていて、それから先は原始林である。その中を東西に郡道が通じていた。バス停留所の近くには何軒かの雑貨店があって、日曜日になると買物客で賑わった。
 この郡道はペンナ駅から南に折れてマリリア市に通じているが、両市の距離を短縮するために西側のサーレス植民地から添島植民地、さらに隣接のイタリア人とポルトガル人所有の土地を横断する計画があった。実現すれば、無論、両市への交通は便利になるが、かなりのコーヒー樹が犠牲になるわけで、土地の所有者たちは反対した。
 郡役所の投票では賛成者が大多数というところから、土地買い上げの交渉に入った。通常、未開拓地においては、所有地に郡道が通ずると、沿道の発達に繋がるので持ち主は喜んで土地を提供したと言われるが、日本やイタリア移民は扱いにくいと郡役所では頭をかかえていた。
 結局、この郡道敷設問題は解決し、年内に開通の予定で突貫工事がはじまった。道路と言ってもアスファルト舗装ではない。開墾当時から残っている樹木の株を掘り起こし、コーヒー樹を抜根して整地するだけなので大工事でもない。完成すれば両市間は八キロメートル短縮されるという。
 ペンナ駅からの鉄道はサンパウロ市へ、さらに東のサントス港へと伸びている。西方へはマット・グロッソ州を横断し、パラグヮイ国へ続く国際鉄道であり、一応文明開化の名をあげているが、日に二便のダイヤは遅延の悪評が高い。
 いなごの大群を轢いたものだから車輪は油滑りを起こし半日遅れた、車内に殺人事件があって、警察から一日中停車を 命じられた、と言うような話は植民地にも伝わった。
 年末に予定されていた完工は大幅に遅れて翌年へ持ち越され、予算の三倍の費用が計上されたという。が、開通したことは近郊の住民にとってやはり喜びであった。来月からは定期的にジャルジネイラ(乗客と荷物混成のバス)も通うことになっていた。

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