小説=流氓=薄倖移民の痛恨歌=矢嶋健介 著=43

ランピオン
 
 添島植民地は、面積約五〇アルケーレス(一アルケールは二万四千二百平米)の、ファゼンダ(大農場)とは言えない規模のもので、責任者の磯田の他、四家族で農場全体を切り廻していた。全部が日本移民の家族だった。その日は家財道具をそれぞれの場所に配置した。翌日、田倉を除いた律子たち三人は、磯田に案内されて受け持ちの耕地に出かけた。
 以前の請負者が移転して、四ヵ月以上も放置されていたので雑草は一メートルのコーヒー樹を凌いで伸びている。
「ここの除草作業からはじめて欲しい」
「はい、お願いします。母も元気になったし、弟の浩二も手伝ってくれますから」
 律子は武者震いする思いでそこに立った。以前の耕地で曲がりなりにも鍛えた腕をここで発揮するのだ。鍬の柄のすげかたや、刃に鑢をかけるこつも覚えた。母や浩二に持たせた鍬も使いやすくできている筈だ。
「鍬で土を掘っては駄目よ。刈るように草を削り取るのがコツなんだから」
 かつて耕地で監督に言われた言葉を受け売りしながら、律子は慣れた動作で雑草に挑んでいく。
「俺だって姉ちゃんの歳になったら負けないよ」
 立っているだけでも汗の滴る炎天下で、浩二は負け惜しみを言う。彼は変わったところがあり、幼時からこましゃくれていた。こちらに移ってからも周囲の物事に好奇心を抱き、大人じみた口の利き方をすることもあった。しかし為すことが、意外と器用なので、八方破れの生活の中では多少期待もされていた。
「当り前よ。浩二が姉ちゃんの歳になる頃には大農場主にならなけりゃ」
 浩二の気持ちをそらさぬ律子の話しぶりを聞きながら、母のはぎは頼りなげに鍬を引いていた。
「律子さん、よう精が出るな」
 磯田がひょっこり現われた。彼は監督の役も兼ねているらしい。手に丸めた紙片を持っていた。
「小父さん、それ、この国の新聞?」
 浩二が訊いた。
「うん。植民地の外れの売店から持ってきた」
「どこかに売店があるの」
「ここを、国道に向かって四キロばかり行くと、その沿道に何軒もの売店が出ているんだ。植民地の買物や郵便物はそこで受け取ってくるんだよ」
 磯田は新聞を浩二に差し出した。
「読めるかね」
「はい、ボク読めるんだよ」

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