小説=流氓=薄倖移民の痛恨歌=矢嶋健介 著=38

「新年おめでとう。今年も頑張ろうな」
 岡野は重そうな白い風呂敷包を差し出した。
「家内が、皆さんに食べてもらいたいと言うので、雑煮とお神酒を持ってきた」
 律子は、胸の詰まる思いで包を受け取った。
「その後、田倉さんはどうかな」
「パルダン剤が効いたみたいで大分よくなりました。おかげさまで、本当に助かっています」
「そりゃ良かった。もう起きられるかい」
「無理をしないように休ませています」
「ちょっと、ごめんよ」
 岡野は、田倉の部屋に入って行った。
「田倉さん、起きられますか。正月ですよ、新年おめでとうございます」
 気軽な表情で声をかけた。
「いや、どうも。おめでとう」
 田倉は眠ってはいなかった。もう一ヵ月以上も横になっているので、時にはちゃんと起きて、何かやってみたいと思うが、用便に立つにも身がふらつき、眩暈がするのだ。徐々に体力はつくだろう、と願ってはいるものの、果たして何ヵ月先のことやら見当がつかない。
「田倉さん、タツー(アルマジロ)の肉食べたことあるかい。先輩邦人が土亀あるいは陸亀と呼んでいる、農作物を荒らす動物だ。あ奴の肝は強壮剤として絶品だそうだ。昨夜、猟犬が見つけたのを射止めたんだ。今日、それを持ってくる筈だったが、家内が正月は正月らしいものがいいと言うので、次に廻した。あれを肴に一杯やると、田倉さんは次の日から仕事に出られること受け合いだ」
 岡野は快活に笑った。釣られて田倉も笑った。笑いながら、
「笑わせんといて。笑うと腹にこたえまんね」
「弱音を吐くんでないよ。ちょっと待ってて」
 岡野は炊事場に行くと、
「お前さんたち、食べてるかな」
 と、大きな声で辺りを見廻した。
「日本の正月と同じだと、皆大喜びだす」
 はぎは言った。
「それは良かった。それから、そこに銚子が一本あるだろう、それを田倉さんに廻してくれ」
「まだ病人ですから」
 と、はぎはためらったが、
「お神酒の一杯ぐらいどうってことない。かえって元気づくだろう」
 岡野は自分で銚子と盃を持って、田倉の部屋に引き返した。

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