小説=流氓=薄倖移民の痛恨歌=矢嶋健介 著=21

「お父ちゃんの四十二歳の厄払いやから、白ご飯にしたんやって」
 横から浩二が言った。
「そうか、あいつ、弱っていても俺の歳覚えてたんやな。厄払いだから白ご飯か、日本ではお祝いは赤飯だったな」
 田倉はしんみりとした声を出した。
「ブラジルは何も彼も反対やもんね」
 律子が言い、親子三人は苦笑した。
「飯に水をかけて、塩鰯のおかずはよく合うな」
 田倉はコーヒーの実の袋に背をもたせた。日本から持参した煙草《敷島》を煙管に詰め、点火した。一服、深く吸い込み、現実の労苦を忘れたかのような磊落な表情で、眼を閉じた。 
 食後の休憩時間を利用して、律子は八代房江を訪ねた。房江は食事の後片付けをしていた。
「うちでは大家族でっしょ、弁当もこぎゃん大きな鍋で持ってきますたい」
 白い瀬戸引きの鍋がそこにあった。実は、鍋と言うよりは、ブラジル人が夜分に使う《おまる》であったが、それを知らずに飯櫃にしていたのである。注意する人はいなかった。この分耕地第一の労働力を持つ八代家が円座をなして休んでいる風景はいかにも大陸的で頼もしい。
 律子は房江の横のコーヒーの畝に腰をかけて訊いた。
「房江さん、日本からの荷物着いたの」
「三日前にやっと着いたわ。一ヵ月ぶりたい」
「行李の中、調べてみやはった。うちの荷は半分無くなっていたわ」
「うちのもそうでしたばい。先の入耕者の話では満足に着くのは珍しか、とのことです。ことに今年は革命のために、より難しいとか」
「訴え出ることはできないのでしょうか」
「この革命騒ぎじゃ、抗議しようにもね」
「運の悪い時の移住でしたね。革命はどうなっているのでしょう。隆夫さんご存知ないの」
 隆夫は房江の弟(律子はそう思っていた)で、八代哲二によく似ていて顔立ちが整い、無口で渋い顔が男らしかった。船内でのピンポン遊びや、ブラジル語の講義などで時々顔を合わせていた。
「革命軍が危ういらしいな」
「それでは、このサンパウロ州義勇軍の敗北ということなの」

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