日本の若者、ブラジルで何を得た?=ブラジル人マインドから得た学び=(4)=ブラジル日本交流協会生体験談=高橋寧緒さん

研修先の郵船ロジスティクス社従業員と高橋寧緒(ねお)さん(前列中央)。経歴:東京都出身。防衛大学校在学中に1週間のブラジル留学を経験。卒業後、海上自衛隊で船乗りとして数年勤務した後、研修制度に参加。趣味は旅。

 私がブラジル行きを考え始めたのは、アフリカでの勤務後であったと思う。
 かつて私は、自衛隊員としてソマリア沖の海賊対処に従事していた。寄港地のジブチでは多くのアフリカ諸国民と触れ合い、同時に、極度の貧困社会を目の辺りにした。
 ジブチの人々は厳しい状況にも関わらず、私たちを積極的に受け入れてくれ、私に異国の地でのコミュニケーションの楽しさを教えてくれた。言語はもはや問題ではなく、心と心を通わす真のコミュニケーションであった。彼らの態度や雰囲気からは、人間的な幸福さを感じた。
 ジブチでの体験は、防衛大在学中に行ったブラジル留学のことを思い出させた。ブラジル留学は1週間と短い期間だったが、異文化交流がもたらす新たな価値観との出会い、視野を広げていくことの素晴らしさを知る良い機会だった。ジブチでの体験は自分がそうしたものに喜びを感じる人間なんだということを再認識させてくれた。
 またその頃の私は、物質的に豊かで安定しているが、幸せを感じることができず、精神的に悩んでしまう人もいる日本社会の在り方に疑問を抱いていた時期でもあった。
 私は固定概念を覆す新たな世界を知る体験が、人に思考を促し、夢を持たせ、人生を豊かにすると信じている。日本社会が抱える問題は、まずは私自らが新たな世界へ飛び込むことによって解決の糸口が生まれるのではないかと思うようになった。
 ブラジルは多民族国家で、文化も習慣も言語も日本と全く異なる。私にとって新たな世界だ。ブラジルでは多くの学びがあると確信し、研修事業への参加を決意し、自衛隊を辞職した。
 日本で研修準備を開始した2021年は、コロナ禍の最中で、渡航手続きは困難を極めたが、交流協会の方々を始めとする多くの人の支えによって無事に研修を実現することができた。
 ブラジルでの研修先は、国際物流会社、郵船ロジスティクス。ブラジル人労働者150人が勤務する物流倉庫に日本人は私1人だけ。ブラジル文化を知る上では最高の環境だった。
 毎日夜明け前に起き、地下鉄、電車、バスを駆使し、道で売ってるコーヒーとポンジケージョを頬張りながら倉庫へと向かう。着いたら、みんなと朝の儀式(握手、ハグ、冗談を言い合ったりして挨拶)を行い、仕事開始。
 研修中は、言語のハンディを気持ちと行動で乗り越えようと必死だった。努力の甲斐あってか、新参者の私もすぐに受け入れられ、週末になると、ブラジル人同僚の家で開かれるパーティーなどに呼んでもらえるようになった。
 仕事後は、夜間の語学学校に通い、ポルトガル語を1から学んだ。私にとっては、研修生活はもちろん、道の標識や流れている音楽、偶然入った軽食店の店員や居合わせた見知らぬ客との他愛もない会話の全てが学びの教材であった。
 この研修を通して学んだことは無限にあるが、強いてあげるなら、ブラジル人マインドだろう。それは、周囲に流されず自分の考えを明確に主張することであったり、異なる人と分かり合うための姿勢であったりする。これらは、普段の挨拶や冗談、話し合い等のコミュニケーションによく現れていた。なぜ国籍人種関係なく多様な人たちが共存できるのか、自分がブラジル社会に受け入れられた経験を通して実感することができた。
 今後は、日伯両国に関する知識をより深めていくと同時に、日本の人々へブラジルのもつ魅力、異国を体験する楽しさやその価値を伝えていきたい。将来、日本とブラジルをはじめとした多国籍の人々が交流できる場所を創造できたらと考えている。
 ただ単にブラジル人の友達を作りたい、異文化を体験してみたい、自分を鍛えたいなどどんな理由であってもいい。ブラジルに来て彼らと本気で向き合えば、懐の深い彼らは必ず応えてくれる。そして、人生に大切な多くのことを学べるだろう。

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