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ブラジル日系社会=『百年の水流』(再改定版)=外山脩=(207)

2025年7月18日

百年の水流

十三章

大騒乱 (Ⅲ)

 前章で記した様に、四月一日事件の直後、州警察は━━DOPSを中心に他の警察も動き━━州内全域に渡って臣道連盟員を大量に狩り込み、その網を他の戦勝派にも広げた。

残虐を極める

 狩り込んだ人々の扱いは残虐を極めた。

 DOPSの場合、最初、素っ裸にさせ、長時間放置した。(全員ではなかったようであるが…)

 次いで留置場の狭く不潔極まりない幾つかの房に大勢を押し込めた。

 そこはいずれも、その広さに比較、人間の数が多過ぎ、夜寝ようとすると、刺身の様に重なって寝る以外なかった。

 そこに物凄い騒音が襲った。壁の向こう側が、ルス駅の操車場になっていた。

 房の中には二×二・五㍍という小さなものもあり、中央に大きな柱があった。そこに十四、五人…という数だった。身動きも座ることもできなかった。

 床はセメントだった。ために腰から下が特に冷えた。両足は水膨れとなり青く腫れ上がった。

 天井は低く、人いきれで上半身は汗ばみ、呼吸困難となった。交代で僅かに開けられた差し入れ口に顔を当てて外の空気を吸った。

 ほかの房も、広さは違ったが、状況は同じだった。

 食事は粗末極まりなく異臭を放ち、暫くは喉を通らなかった。その内、無理に食べる様になったが、匙が与えられぬため、手づかみで食う以外なかった。

 明らかに虐待であった。

 肉体的・精神的に追い詰め、堪え切れなくさせ、DOPSの望む供述をさせようとしていたのである。

 前章で触れた様に、DOPSの留置場は、狩り込み数が余りにも多かったため、直ぐ超満員となり、未決囚拘置所も利用した。が、その劣悪さは変わらなかった。 

 それから半世紀以上も後年のことになるが、筆者はDOPSを訪れたことがある。

 日高徳一と一緒だった。

 DOPSは、すでに警察としては廃止され、建物のみが残っていた。内部の一部は、往時の資料を展示していた。留置場はそのまま保存されていた。

 我々は、その中の一つの房に入った。日高が「ここだ、ここだ、当時のままだ」と叫ぶように言った。彼は一九四六年六、七月ここで暮らしたという。

 筆者は、その汚さに呆れ返った。何処かで見た様な気がした。家畜小屋が頭に浮かんだ。

 DOPSの刑事たちは、この家畜小屋から被留置者を一人一人呼び出して取調べた。

 それは奇妙なモノだった。まず、

 「日本は勝ったか敗けたか?」

 と訊き、

 「敗けた」

 と答えると、釈放した。

 「勝った」

 と答えると、留置を続けたり、一旦釈放してまた引っ張ったりした。

 そして日本の敗戦を認めるよう強要した。

 臣道連盟の幹部には、四月一日の襲撃が連盟の犯行であると自白するよう迫った。

 襲撃の実行者には、自身が連盟員であり連盟の命令でやった、と認めさせようとした。

 拷問を受けた者もいた。

 吉井碧水(前章参照)の手記に、次のような一節がある。

 「…(略)…渡真利が小柄な半黒の男に胸倉を掴まれ、叩かれている。押したり引き倒したりしていたが、果てはゴムの鞭で、古畳を叩く様に、ぼてぼてと叩くのを目撃する。 流石の彼も観念の眼を閉じて、悲壮な顔で頑張っている…(略)…後で知る、この半黒が鬼に等しいといわれたロンドンであることを…」

 渡真利とは、十章で登場したが、興道社の創立者の一人で、臣道連盟では総務理事を務め、実務を切り回していた。

 ロンドンは刑事の一人だ。 

 前章で登場した牛沢鶴太郎も襲撃の共犯者として留置されており、殆ど毎日、ロンドンに引き出され、殴られていた。時には半殺しにされ、二人の看守が抱えて運んでいたこともある。

 彼ら以外にも拷問を受けた人間がかなりいた。

拘留報告記

 今、筆者の手元に『拘留報告記』という一資料がある。数頁から成る手記の謄写版刷りである。

 四月一日事件の直ぐ後、検挙された人が書いたものだ。末尾に「昭和二一、五、二〇」とある。釈放後すぐ執筆して配布したことが文面から判る。

 が、執筆者の名前も住所も記していない。警察に渡った場合を危惧したのであろう。

 この手記によると、四月一日事件を機に行われた連行・留置は「四月末まで続き、当局の発表では検挙数八百五十名ということになっている。が、実際は一千名を突破したことを確認した」という。

 執筆者は、何処か地方の住人で、臣道連盟員であったことが文面から判る。(つづく)

 (註=本稿203回の写真説明中「決死報告、特攻隊」は「決死報国、特行隊」の間違い。191回3段3行目「人が介入すれば」は「軍人が介入すれば」と訂正します)


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